“諸刃”の追加関税 トランプはなぜ強硬策を続けられる?
米中とも懸念ほどの影響は出ず?
ところで、なぜトランプ政権は、そこまで強硬な策をとれるのでしょうか。関税は輸入価格上昇を通じて米国の消費者負担を増やすほか、中国経済の減速は多かれ少なかれ米国経済に悪影響を与えますから、米国経済に強いこだわりを持つトランプ大統領が、このような貿易戦争を繰り広げるのは、やや解せない面もあります(※当然、国防上の理由はあります)。
筆者の推測では、関税設定から1年が経過した段階で、米中ともに当初懸念されたほどの影響が出ていないことが背景にあるように思います。以下で示す通り、中国のデータは意外と安定しています。 注目すべきは、中国の輸出動向です。2019年7月の中国貿易統計における輸出(対世界)は前年比+3.3%と好調です。米国向け輸出は、前年比-6.4%と減少していますが、それでも1桁パーセントの減少というのはマイルドな印象です(米国以外は+5.7%)。この減少率は、2015~16年の世界経済減速局面より小幅ですから「甚大な影響」と呼ぶほどではありません。製造業の景況感をみても、2015~16年の景気減速局面よりも良好な水準にあります。上海総合指数も悲観論が蔓延している様子はありません。トランプ大統領の視点では「物足りない」と思うかもしれませんが、実際の中国経済は思いのほか堅調ということです。
人民元安がダメージ吸収?
では、なぜ輸出が深刻なダメージを受けないのでしょうか。まず、駆け込み需要が発生している可能性が指摘できます。米国側が関税引き上げの姿勢をあらわにしているため、それを見越して、前倒しで輸出している可能性があります。また、関税がかかると言っても、現実の世界では直ちに貿易相手国の切り替えはできません。代替調達先を探すなど、サプライチェーン(流通網)の再構築には相応の時間を要します。
そして最も重要なのは人民元安でしょう。貿易戦争が始まった2018年中頃から人民元は対ドルで10%超下落しています。中国当局が設定する人民元の基準値は、2018年春ごろから元安方向へ誘導され、この間10%超の元安となっています。この人民元安を中国当局が「良し」としているかは別問題ですが、これが関税の影響を吸収し、中国の輸出競争力を守っているのは事実でしょう。 8月5日の人民元相場は、2008年以来で初めて心理的節目の1ドル=7元を突破しました。米国の追加関税第4弾に応酬した形です。今後、人民元相場が一本調子で下落していくかは微妙ですが、関税の影響を人民元安が吸収することで、予想外に中国の輸出が持ち堪える展開は意識しておいた方が良いでしょう。
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