原田マハの最新作は〈板画家・棟方志功〉 ゴッホに憧れた弱視の画家と、彼を支えた妻の物語(レビュー)
まっすぐな愛が、本から溢れ出てくるようだと思った。原田マハ氏『板上に咲く』(幻冬舎)は、芸術家・棟方志功氏と、その妻・チヤの人生を描いた小説である。一九八七年、東郷青児美術館でゴッホの「ひまわり」が公開されることになり、チヤの元に新聞記者が取材にやってくる。ゴッホに憧れ、いつか超えたいと願って板画に取り組んだ亡き夫との思い出が、素朴な口調で語られる序章に、まずは心を掴まれてしまった。 青森の実家で、看護婦を目指し勉強していたチヤは、友人宅で「立派な絵描きセンセ」だという棟方に出会う。もじゃもじゃの髪に分厚いレンズの黒縁眼鏡、泥ハネだらけの脛……。「愛嬌のある子熊のような」と表現される風貌と、何が描いてあるのかわからない絵は、強烈な印象を記憶に残す。一年後、二人は偶然に再会し惹かれ合う。新聞広告を使っての大胆な告白を受けて妻になったものの、家族を養う収入のない棟方は、一人で東京に行ってしまう。周囲からは心配されるが、「ゴッホになる」という夫の決意をチヤは疑わない。生まれて間もない娘を連れて強引に上京したものの、最初は友人宅で居候だ。野草を主食にするほど生活は厳しく、視力が落ちても医者に行くことすらできない状況の中で、棟方は木版画を極める決意をし、凄まじい熱量で制作をする。ついに、ゴッホを知るきっかけとなった芸術雑誌「白樺」の主宰者・柳宗悦と、彼が提唱する「日本民藝運動」に関わる人々に認められ、棟方はさらに高みを目指していく。家族の生活も安定するが、平穏な暮らしは戦争に奪われてしまう。 芸術のことしか頭にないように見えるが、妻子の命を何より大切にする棟方が、微笑ましく魅力的だ。家族が寝静まった後に、墨を磨るという仕事でその創作を支え、棟方も驚くほどの頑固さで、作品を守ろうとするチヤの命がけの行動力に心打たれる。自分にしかできない仕事に全力で取り組んだ二人の姿が、数年前に見た棟方志功作品に重なって、胸がいっぱいになった。