【アイス業界】「真冬の大戦争」 スーパー&コンビニの冷凍ショーケースで何が起きているのか
「アイスは暑い日に子供が食べるもの」 もうそんな時代はとっくに終わった。12月上旬、FRIDAY記者が訪れた都内スーパーの冷凍ショーケースの前に立っていたのは、60~70代の男女が多く、親子の姿は少なかった。ある中年男性はケースの左端からおもむろにハーゲンダッツのバニラ味を取り出すと、どこか嬉しそうな表情でレジへ向かっていった――。 【寒いけど求めてしまう…】冬場のアイスも大人気!アイス業界の猛者たち「勢力図」 「実は、ハーゲンダッツが最も売れるのは12月なんです。消費者が夏にアイスを欲するのは、食べて涼みたいから。ある意味、機能性が重要視されている。一方、冬にアイスを求める人は、嗜好性を重視する。多少価格が高くても、寒くても食べたくなるような上質なアイスが売れる傾向にあります」(アイスクリーム評論家のアイスマン福留氏) 12月になれば、街中のそこかしこで高齢夫婦が大量にハーゲンダッツを買いだめする光景を目にする機会が増えはじめる。 「孫や子供たちが正月に家に来る際のプチ贅沢として重宝されているんです。いくら高いアイスでも、生ケーキよりは100~200円安く買うことができる上、保存がきくので腐らせてしまうことがない。冬の高級アイスは、親、子、孫の3世代で楽しめるスイーツなのです」(経済ジャーナリストの高井尚之氏) アイスは、乳脂肪分の含有量によって名称が異なる。乳固形分15%以上かつ乳脂肪分8%以上のものは「アイスクリーム」、同じく10%以上かつ3%以上のものは「アイスミルク」、乳固形分3%以上のものは「ラクトアイス」、乳成分がまったく入っていないものは「氷菓」と呼ばれる。 「気温が25℃以上になるとクリーム系が売れ始め、30℃以上になるとサッパリとした氷菓の売れ行きが加速すると言われています。もともとアイスの主流はクリーム系ですから、冬こそ典型的なアイス市場の闘いで、むしろ氷菓が売れる夏が独特なんです」(高井氏) アイスの主流がクリーム系とは、いったいどういうことか。この謎を解き明かすには、アイス業界の歴史を辿る必要がある。 「その昔、アイス業界を牽引していたのは森永乳業や明治乳業(’09年に明治製菓と経営統合して『明治』に)などの老舗乳業メーカーでした。彼らは乳製品に対するこだわりが非常に強く、乳脂肪分の高さ、濃厚さで勝負していた。そんな時代が、1920年代から’60年代まで続いたのです。 ところが’70年頃、新たにアイス業界に参入する者たちが現れました。ロッテや江崎グリコなどの製菓会社です。彼らは乳脂肪分を落としたアイスミルクやラクトアイス、氷菓の領域を攻め、乳業メーカーとの棲み分けを狙いました」(前出・福留氏) ◆老舗のプライドと変革 ロッテは’81年にアイスミルクの「雪見だいふく」を発売。CMで「こたつで食べるアイス」という新たな概念を打ち出し、大きな話題を呼んだ。’99年には、ラクトアイスの中に微細氷を混ぜ込んだ新食感の「爽」を発表。4年後の’03年に「飲むアイス」がキャッチコピーの「クーリッシュ」をスマッシュヒットさせるなど、現在でもアイス業界の売上高トップをひた走る。 ライバル・ロッテの快進撃に、江崎グリコも黙ってはいなかった。’74年発売の「パピコ」や、’78年発売の「ジャイアントコーン」(コーン系アイス売り上げ1位)といった超ロングセラー商品のほか、’86年発売の球体型シャーベット「アイスの実」など、ユニークなアイスを次々と開発したのだ。さらに近年では、低糖質アイスの「SUNAO」をヒットさせることに成功するなど、常に進化を続けている。 「大手製菓会社の躍進が続く中、’80~’90年代のコンビニの普及にあわせて目覚ましい成長を遂げたのが、赤城乳業や井村屋といった、小さなローカル企業でした。今では考えられませんが、当時コンビニはスーパーに比べ新参者の小売業者で、大手はあまり相手にしていなかったんです」(福留氏) 赤城乳業の「ガリガリ君」はいまや日本一人気の氷菓として定着しているが、そのヒットのウラにはメーカーの巧みなマーケティング術が隠されていた。 「『ナポリタン味』や『コーンポタージュ味』など、賛否の分かれそうな商品をあえて開発し、話題を呼ぶんです。すると、『ガリガリ君』の名前を意識した消費者は、変わり種を買わずとも定番のソーダ味を買う。面白い戦略です」(冷凍食品マイスターのタケムラダイ氏) 井村屋は、たゆまぬ企業努力によって培った高度な技術を総動員して、「あずきバー」を作り出した。 「井村屋はおしるこなどを製造していることから、あん炊きの技術が高い。その上、バー1本におよそ100粒の小豆を均等に入れることにも成功しています。工場には、色や形、サイズの基準を満たしていない小豆を空気で打ち抜いて落とす機械がある。1時間あたり1㌧の小豆を選別できるそうです。ここまでのこだわりは、他社が簡単に真似できるものではありませんよ」(前出・福留氏) 製菓会社の躍進に、ローカル企業の進出。追い詰められた老舗・明治乳業は’94年、起死回生のヒット商品を生み出した。「エッセルスーパーカップ」(ラクトアイス)だ。乳成分にあれだけこだわっていた明治がラクトアイスを――。強い衝撃がアイス業界を駆け巡ったという。この博打は大成功に終わり、スーパーカップシリーズはこれまで累計売り上げ60億個を記録、日本で最も売れたカップアイスとなった。 もう一つの老舗・森永乳業は、乳業メーカーとしての意地を見せるべく、’05年に会心の「チョココーティングアイスクリーム」を発表した。「パルム」だ。 「アイスとチョコは融点が異なるので、通常は先にアイスが溶けてチョコが口に残ってしまう。これを嫌がる消費者は多かった。ところがパルムは、食感を維持しつつ、アイスと同時に溶けあって綺麗に消えていくチョココーティングを開発。結果、’00年以降に発売されたブランドの中で最も高い成長率を見せたヒット商品となりました」(同前) パルムは1本およそ170円。100円台前半の低価格商品と、ハーゲンダッツ(約350円)のような高価格商品の間をいく絶妙な価格設定もヒットの要因だ。 一方、森永が誇る粒アイスの雄・「ピノ」にはこの先、苦難が待ち受けていると福留氏は語る。 「ピノといえば6個入り。6個入りといえばピノ。ですが、昨今の原材料高騰の影響で、他の粒アイスは5個入りが主流となっている。ピノが5個入りになる場合、6個のくぼみが特徴的なおなじみのパッケージまで変更を余儀なくされ、個性が失われてしまうんです。’76年から続くロングセラー商品ゆえに、非常に身動きしにくい状態となっています。おそらく値上げしか選択肢は残っていないのでは」 各社が定番のロングセラー商品で牽制しつつ、新商品の開発にも余念がないアイス業界の闘いは、さながら冷戦の様相を呈している。 『FRIDAY』2023年12月29日号より
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