映画『ネクスト・ゴール・ウィンズ』FIFA初のトランスジェンダー女性選手を演じて
──この作品では、ジャイヤというキャラクターを誇り高き“ファファフィネ”として描いています。同じくファファフィネであるご自身にとって、それはどう感じられましたか? カイマナ サモア語のファファフィネは直訳すると、「女性のような」という意味です。まさにこのミドルスペースを占め、本質的に男性と女性の両方のエネルギーを持ち合わせる能力のことを示しています。それがサモア文化の一部であることは美しい。でも西洋中心の世界で育った私の現実は、実はかなり違ったものでした(*カイマナさんはハワイのオアフ島育ち)。ですから、私はファファフィネとして心地よく成長したわけではないんです。多くの性スペクトラムの人たちがそうであるように、最初は自分を恥じるもの。やがてそれを受け入れることや、愛することを学んでいきました。 私は敬虔な家庭で育ち、かなり早い時期からそういうことに誇りを持つなと教え込まれました。ある時期以降は旅に出て、西洋的な考え方と距離を置きながら、ジェンダーとは何かを見極める時間を過ごしたんです。そうしてファファフィネのように、世界中の先住民の文化がすでにそのミドルスペースを認識していたことに気づいて。ようやく、私はそのスペースに居場所を得る時が来たんだと悟りました。自分を受け入れることを決心したんです。 ──初めてお二人が対面した時について教えてください。 ジャイヤ カイマナに会えることに興奮していました。同時に私の役を誰が演じ、どのように描かれるのか少し心配でした。でも彼女に会って、心強い気持ちになりました。タフなだけでなく、美しくて優しい人だとわかったからです。 カイマナ パーティの席で、(キャストの)ある男の子が近づいてきて、「やあ、本物のジャイヤに会ったよ」と言われた時、私は心臓がドキドキし、ナーバスになりました。彼女が誇りに思ってくれるような形で演じなければならないというプレッシャーに襲われたんです。その後で彼女に会うと、こう言われました。「あなたに会うのにすごく緊張していたんだよ!」って。打ち解けてからは、ただ笑って、話して、とても楽しかったです。その夜、彼女に言われて今でもはっきりと覚えているのは、「あなたがしていることは、私とあなたを融合すること。私たち二人のためにやってくれているんだよ」という言葉です。 ──カイマナさんは実在の人物を演じることについて、どう感じましたか? カイマナ 彼らの物語を正しく描くという、ある種の責任が生じることはわかっていました。それは私一人の役割ではありません。この脚本とキャラクターを作り上げたのはタイカですから。でも、少なくとも俳優として自分の役割を果たし、ジャイヤを演じるためにベストを尽くすことはできます。それに、コミュニティに対しても責任があった。それはLGBTQコミュニティであり、サモア人のコミュニティであり、さらにはサッカーのコミュニティでもあります。結局のところ、私にできるのはベストを尽くすことだけですし、そうしている限り、何も心配はありません。それ以外は、私の力ではどうにもなりません。 ──映画の制作中、どんな話をしましたか? ジャイヤ だいたいはガールズトーク! 私はカイマナによく「これはドキュメンタリーではないから、実在の人物とまったく同じにはならないよ」と言っていました。ストーリー自体、タイカのバージョンですし。カイマナが力強く演じている姿を見ると、私と同じように強い人が自分を体現してくれているんだとわかり、頼もしかったです。 ──監督は即興の演技を好むそうですが、カイマナさんもそれを経験しましたか? カイマナ そうですね。タイカは笑ったり、歩いたり、モニターを観たりしているうち、集中してくるとより情熱的になり、完全に“狂気”に陥ります。でも、それはクリエイティブな天才の狂気です。彼は創造的なプロセスとしっかり向き合っています。たとえ突拍子のないことだとしても、創造性を発揮するためには直感に従うんです。 当初は演技経験がなかったので、映画の撮影現場でそれが普通なんだと思っていました。でも、そうではないとすぐに悟りました。撮影の最初の2~3日だけで、シーンがどんどん変わっていき、それが楽しく感じられた。私は論理的なプロセスよりも、そうした創造的なプロセスにより共感します。後者を採用することで調整したり、ミスをしたり、試してみたりする余裕が生まれ、一つのことに固執しなくてもいいんだと思えるんです。