可能性大の教科「家庭科」の存在感が薄い理由 障壁となる「旧世代のジェンダー観」と「受験」
家庭科のジェンダーバイアスは家庭科のみの課題にあらず
社会の変化とともに、「家庭科」のあり方も変わり続けている。2022年度にスタートした高校の新学習指導要領では、「資産形成」が加わったことも話題になった。多様性重視の姿勢は教育内容にも反映されつつあるが、そもそも家庭科という教科自体が、社会や学校内のジェンダーバイアスなど、旧来の固定観念を象徴する存在になっていないだろうか。「男女という2つの分け方にも、もはや疑問を感じる」と言うのは、横浜国立大学教育学部教授の堀内かおる氏。家庭科の今の課題と、目指すべき姿を語ってもらった。 【写真】「学校内のジェンダーバイアスが、家庭科という象徴的な教科を通して浮かび上がっている」と話す横浜国立大学教育学部教授の堀内かおる氏 1960年の学習指導要領改訂で「女子のみ必修」と定められて以降、1989年の改訂まで、高校の家庭科は男子には無関係なものだった。実際の授業が「男女共修」となったのは、1994年に高1になった新入生からだ。中学の技術・家庭科も、1958年告示の学習指導要領で「生徒の現在および将来の生活が男女によって異なる点のあることを考慮して」、取り組む内容が男女別に分けられていた。 「公的な文書でここまでいうかと今では首をかしげますが、長くこうした指導が行われてきたのですから、1989年の改訂は非常に画期的なパラダイムシフトだったわけです」 横浜国立大学の教育学部で家庭科教員を養成する堀内かおる氏は、こう過去を振り返る。同氏の教え子から「初の男性家庭科教員」が誕生したのも、ちょうどこの「男女必修化」が現場で実施される頃だった。私立の男子高校で教壇に立つことになった彼を、その学校の校長はこう紹介したと言う。 「うちの学校に、初めて男性の家庭科の先生が来てくれました。今年は『男らしい家庭科』を期待しましょう!」 年配の男性校長に、もちろん悪気はなかったのだろう。堀内氏も苦笑しながら続ける。 「これは私や教え子の間で語り草になっているのですが、『男らしい家庭科』って何でしょうね? 豪快な料理などをイメージされたのでしょうか。そんなことを言ってしまうほど、校長先生には戸惑いがあったのだろうと想像できます。あの頃はそれぐらい、男性の家庭科教員が珍しい存在でした」 ほかにも、当時はこんな話も耳にした。 ある新任の男性教員が赴任した高校の家庭科教科会は、彼以外の全員が女性教員だった。非常勤で役職につけない人がいるなどの理由もあったのだろうが、大学を出たばかりの彼は、男性であることを理由に「あなたが主任だから」といきなり役職に任命されたそうだ。そうした経験談は枚挙にいとまがない。 「別の教科を担当していた男性が、特別研修を受けて家庭科教員にチェンジした例もありましたが、彼は『女性ばかりの家庭科教員の集団に自分が入ることで、校内での発言権が強まることを期待されていた』とも言っていました」 そんな時代から、約30年の月日が流れた。現在の堀内氏の教え子には男子学生も珍しくない。家庭科を主専攻とする学生に交じって、副免許として学ぶ男子学生もいるが、とくに異端として扱われることもない。学年にたいてい1人以上は男子学生がいる。2022年度はゼミの4年生全員が男子で、さらに修士課程の大学院生にも男子学生がいたそうだ。この大学院生は、今年から高校の家庭科教員になったという。 「家庭科を語るときに挙がるさまざまな課題は、決して家庭科の内容のみに由来するものではありません。学校内のジェンダーバイアスが、家庭科という象徴的な教科を通して浮かび上がっているだけなのです。総論として頭ではわかっていても、各論としては『前に出るのは男性』『家庭科は女性のもの』という意識が拭えない人もいるのでしょう。でも社会の変化を受けて、それはもう個人のレベルになってきていると思います。少なくとも私の周りでは、わざわざ『男性の』家庭科教員と言わなければいけないような感覚はもうありません」