宇多田ヒカル、コンサートツアーがフィナーレを迎える!「一緒に歩んできた25年間、みんなありがとう!」
オペラグラスも使い、観客みんなに気持ちが届いているかを確認
1曲目は1999年のデビューシングルから「time will tell」。一番を歌い終えたところで「みんな、こんにちは!」と会場に声をかける。続く「Letters」ではアコースティックギターやパーカッションを効かせたラテン調のナンバーで、サウンドの明るさに対し温かみのある中音域から高音域へ差しかかるメロディが切なく沁みる。繊細なアコギの響きに導かれる「Wait & See ~リスク~」は、徐々にバンド演奏となり、会場の熱量を上げていく。「ありがとう。やっと会えたね!今日はゆっくりしてって」という挨拶に続く「In My Room」は、かつての宇多田の学生生活を想起させるナンバーだ。歌い終わると、「"こんにちは"か、"こんばんわ"か、迷う時間。黄昏時と夜の中間、そういう時間を、今日を一緒に楽しめたらいいなと思います」と話す。ちょうど空の色彩もグラデーションのように変化していくメランコリックな時間帯である。そしてステージの最前で、光が左右に流れるように走っているのが印象的だ。 宇多田はこの最終日を迎えるまでに台湾や香港の海外公演も含めて9ヶ所17公演行っているが、この日は収録のカメラが入っているせいか、冒頭では少し緊張しているように感じた。実際、2012年からロンドンで暮らし、また"人間活動"と称しての活動休止期間やコロナ禍があったこともあり、日本で生活しているミュージシャンに比べるとコンサート回数は格段に少なく、バンド演奏で人前で歌う機会も少ない。 だからこそ、本人にも観客にも稀有な時間なのである。「今日は残り少ないこの日を、みんなといま一緒にいることを目一杯楽しみたくて、いまいるってことに集中して、みんなと一緒に過ごせたらと思うので、よろしく!」と、声をかける。 会場で耳にして、宇多田の歌声は時を経て随分と深みを増したと感じた。それは最新アルバムからも、また最近のTV番組の出演時にも感じていたが、実際に目の前にして聴くと、たとえば「光(Re-Recording)」では、低音域や中音域での温かみに加え、至極美しい高音域の声からも包み込むようなまろやかさが沁みてくる。これまでの人生経験が築いた心身からこの歌声が放たれているのだ。パフォーマンスに関しては「DISTANCE (m-flo remix)」あたりからリラックスしているように見え、「traveling(Re-Recording)」では「みんな、身体も心も温かくなってるかな?一緒に踊って歌おう!」「もっともっと声を聴かせて」と盛り上がり、上着を脱いでクールダウンした「First Love」では、アコースティックサウンドをバックに歌い上げた。 トークは素のままに、観客を近くに感じられる会場のすり鉢状の構造の話をしながら、いちばん(遠く)高い席の人に向かって「高いところ怖くない?」と声をかけ、「いちばん上だから見えるライティングもあるんだって」と付加価値をつける優しさを見せる。会場に用意されているオペラグラスを手にすると、観客ひとり一人を探すように客席を見ては「見えた!」と声を上げ、気持ちがちゃんと届いているかを確認する。宇多田の歌は孤独であったり、人との距離であったり、愛についてであったり、切なく痛いほど相手や自身と対峙した歌が多い。そしてそこから励まし、希望となる歌へと続く。歌われる"君"とはリスナーひとり一人に繋がるものであり、コンサート会場で宇多田は観客ひとり一人とそれを確かめ合おうとする。 「Keep Tryin'」の途中ではハンドウェーヴの仕草をしながら「ずっとこういうふうに動きを煽ったりするのすごく苦手だったけど、いますごく上手くできてるのうれしい、ありがとう!」と、一体感を生み出した観客に満面の笑みを見せた。歌っている時はアーティスト"宇多田ヒカル"だけれど、喋り出すと親しみやすいHikkiとなり、距離感を感じさせないステージが進行していく。