注目の「やせ薬」は炎症も抑える、驚きの効果を解明、アルツハイマー病など幅広い応用に光
炎症を和らげる指示を脳に出させている可能性、マウスで確認、オゼンピック・ウゴービ・マンジャロなど
オゼンピックやウゴービ、マンジャロなどの薬が近年、大きな話題になっている。2型糖尿病や肥満の治療における有効性が研究で示されたためだ。一方、2023年12月に学術誌「Cell Metabolism」に掲載された新たな研究により、このタイプの薬には、体全体の炎症を抑える働きがあることが明らかになった。全身の炎症を抑えるシグナルを脳に送り出させる作用が示唆されている。 ギャラリー:炎症を抑える食べ物とは、病気の進行やがんの治療にも影響 写真6点 同時に、「GLP-1受容体作動薬」と呼ばれるこれらの薬が、アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患や自己免疫疾患など、幅広い病気の治療に役立つ可能性や、少なくとも新たな治療法のヒントになりうることも示している。 この薬が非常に広く使われていることからも、今回の発見は「幅広い影響」をもたらすと、米ワシントン大学の内分泌学者マイク・シュワルツ氏は述べている。氏は今回の研究には関わっていない。 「これらの薬は、肥満や2型糖尿病の治療に使うものだとされていますが、もしかすると、ほかの使い道もあるのかもしれません」 炎症とは、体内の脅威に対する免疫系の反応だ。免疫系が細菌やウイルスなどの病原体と闘うときに起こる炎症は良い炎症だが、2型糖尿病や肥満などの代謝性疾患に伴う不健康な炎症は、組織を傷つける可能性がある。 「感染症と闘ううえでは、良い炎症が必要になります」と、カナダのルーネンフェルド・タネンバウム研究所およびトロント大学の内分泌学者で、今回の論文の上級著者であるダニエル・ドラッカー氏は言う。「ただし、炎症が長期にわたって続くのは、特にこうした代謝性疾患を持っている場合には望ましくありません。なぜなら、心臓病や糖尿病、肥満の合併症などにつながるからです」 GLP-1受容体作動薬を服用すると炎症が減ることは以前から知られていたものの、その理由や仕組みはわかっていなかった。
なぜか炎症が抑えられる謎
ドラッカー氏は、GLP-1受容体作動薬(以下、作動薬)がどのように全身の炎症を抑えるのかを解明しようと考えた。 GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)は食後に小腸から分泌されるホルモンだ。特定の細胞の表面にはGLP-1受容体という鍵穴のようなタンパク質があり、そこにGLP-1が鍵のように結合すると、細胞はさまざまな機能を果たす。作動薬は、このGLP-1(鍵)をまねて作用する。 GLP-1受容体(鍵穴)が多くある細胞の大半は、インスリン(血糖値を下げるホルモン)をつくる場所である膵臓(すいぞう)と、食欲を制御する脳にある。ただし、体のあちこちにも、比較的少ない数のGLP-1受容体を持つ細胞は存在する。 炎症反応を担う細胞のひとつである白血球にはGLP-1受容体が存在するが、作動薬が炎症を抑える効果は、白血球が持つGLP-1受容体の数では足りないほど大きかった。「作動薬による炎症の抑制効果は明らかに、白血球への直接的な作用だけで起こる範囲を超えたものでした」と、米ミシガン大学の神経学者イバ・フェルドマン氏は言う。 また、心臓にはGLP-1受容体がさほど多くないにもかかわらず、最近行われた複数の試験では、作動薬が心血管疾患を減らすことが示されていたと、ドラッカー氏は言う。同様に、作動薬は肝臓や腎臓の病気を改善するという研究がある一方で、これらの臓器にもGLP-1受容体は多くない。そのため、作動薬がどのようにしてこれらの臓器に大きな影響を与えるのかは謎に包まれていた。 さまざまな実験を行う中でドラッカー氏のチームは、GLP-1が「少なくとも部分的には、間接的なしかたで作用しているに違いない」と考え、その間接的な経路は神経系だろうと推測した。なぜなら神経系は、「体のどの部分にも働きかけることができる唯一のシステム」だからだと、ドラッカー氏は言う。「その役割を担っているのは脳を含む神経系です。神経系であれば、あらゆる場所にシグナルを送れます」