松本清張小説と映画全盛時代 重要なシーンに登場させた映画館という小道具
短編小説にもたびたび登場する
1958(昭和33)年11月に発表された短編小説「証言は、嘘の証言をする男の話である。主人公の石野貞一郎には年の離れた愛人がいてその愛人宅に行った帰りに、偶然自宅近くに住む杉山孝三に出会う。杉山と付き合いはなかったが、杉山が挨拶したとき、石野の方も思わず会釈をしてしまう。実はそのとき愛人の梅谷千恵子が後から付いて歩いていたのであった。その杉山孝三が強盗殺人事件の容疑者として逮捕されるということがあった。杉山は自分にはアリバイがあり、殺害時刻には別のところを歩いていた、そのことはその時刻に路上ですれちがった近所の知人である石野貞一郎が知っている、と無罪を主張する。 しかし、証人として法廷に立った石野は、愛人のことがバレるのを恐れて、杉山とは出会っていない、「ソノ時間ハ、私ハ渋谷ノ××館デ映画ヲ見テイマシタ」と嘘の証言をする。やがて、石野の嘘はバレて、石野は偽証罪として告訴され、彼の人生は一挙に崩れるのである。 『証言』が発表された1958年は、前述のように映画人口がピークに達した年であった。映画を見に行くことが、当時の人々にとっては日々の生活に溶け込んでいたからこそ、石野の嘘の証言が自然に出て来たわけで、松本清張はそういう世相を小説の中にうまく取り込んでいる。 映画の1シーンが犯罪解明に大きく関与する物語が、清張の短編小説の中でも屈指の名作である「顔」(1956年8月)である。「顔」を表題作とする短編集『顔』は第10回(1957年度)の日本探偵クラブ賞を受賞して、松本清張は推理小説家としての地歩を築いた。「顔」は名作である。ぜひ、読んでいただきたい。 なお、映画産業はやがて斜陽を迎えるが、松本清張はその斜陽期の映画館が出てくる「寝敷き」(1964年3、4月)のような小説も書いている。時代の動向を敏感に察知して、すぐに物語にする力量はさすがである。 (ノートルダム清心女子大学文学部・教授・綾目広治)