『宙わたる教室』最終回後もじんわりと心に残る温かさ 科学部が“らしさ”全開で掴んだ世界
あぁ、終わってしまった。物語の最後を見届けた後に、こんなにも喪失感に包まれたのはいつぶりだろうか。しかも、その喪失が心に寂しさだけじゃなく、じんわりとした温かさをもたらしてくれる作品に出会える機会はそうそうない。 【写真】『宙わたる教室』最終話 場面写真(全5枚) ついに迎えた『宙わたる教室』(NHK総合)の最終回。藤竹(窪田正孝)の“仮説”を証明しようと再び奮起した科学部の実験は、約6倍の競争率を勝ち抜き、岳人(小林虎之介)と佳純(伊東蒼)が口頭発表に臨むことになった。 本番に向け、英語の弁論大会で3位になったことがある木内(田中哲司)の指導の下でスピーチの練習に励む2人。「だってさ、もったいないじゃない! この実験は今、世界中で君たちしか知らないんだろ? 誰かに伝えなきゃ、やってないことと同じになる」と本人たちよりも躍起になっている木内だが、これまではいつも佐久間(木村文乃)と、どこか心配そうに科学部のみんなを見守ってきた。藤竹よりも教員歴が長い2人は、今まで諦めたものを取り戻そうと定時制に来たものの、途中で挫折して去っていく生徒たちをたくさん見てきたからだろう。応援したい気持ちの一方で、いつ“その時”がきても受け入れる覚悟をしていたのだと思う。 でも、藤竹も部員たちも誰一人として諦めず、学会発表という一つの目標に到達した。それはきっと、生徒が学校を去るたびに無力さを感じていたであろう2人にとっても力になったに違いない。同じように、偏見の目にも負けず娘を1人で育てる麻衣(紺野彩夏)や、体調がすぐれない母親に代わって働きながら教師を目指すマリ(山﨑七海)をはじめ、色んな事情で定時制に通う生徒たちや、希望校に合格できず、なおかつ不登校の弟を持つ要(南出凌嘉)、これまで幾度となく病気に挫折させられてきた佳純を見てきた姉の円佳(伊礼姫奈)も励まされたのではないだろうか。科学部のみんなが、人はいくつになっても、どんな環境でも、諦めたものを取り戻せると証明してくれた。だから、その続きが見たくて応援せずにはいられないのだろう。 そして当日、制服姿の高校生たちをよそにアンジェラ(ガウ)は動きやすいジーパン、佳純は着心地の良いパーカーで、長嶺(イッセー尾形)はびしっと背広を着こなし、岳人は相棒の作業着で会場に現れる。関東高校生科学研究コンクールの発表会で、好奇の眼差しに晒された経験がある彼ら。それでもなお、私服で参加したのは、過去も含めてありのままの自分を肯定できるようになった証拠だ。バラバラの服装で、会場に入っていく彼らの背中が頼もしく見えた。 会場でも、部員たちの“らしさ”は全開だった。会場の雰囲気に圧倒され、緊張した面持ちで本番ギリギリまでスピーチの練習に臨む佳純。彼女は本当は誰よりも怖がりで、一歩を踏み出すのに時間がかかる。だけど、ひとたび前に進むと周囲を巻き込んでいくほどの力があって、伊東はそんな佳純の繊細さと静かな強さが同居した演技を見せてくれた。 本番になると、前列に座っていた長嶺が他校の発表者に斜め上の質問をぶつけ、少しだけ岳人たちの緊張が和らぐ。早くに父親を亡くし、中学卒業後から働いてきた長嶺。苦労してきたからこその反骨精神と矜持が顔つきにも滲んでいる彼だが、一方で少年のような遊び心もあって、それを両立させられるのはイッセーしかいない。 ついに本番。緊張の面持ちでステージに立った2人を、観客席から誇らしげに見守るのはアンジェラだ。フィリピンと日本人のミックスである彼女は幼い頃から偏見や差別に晒され、母親が不法滞在ゆえに学校にも通えなかった。その苦しみと悔しさを誰かへの攻撃ではなく、優しさに変えてきたアンジェラ。「クラスの大気が安定する」という藤竹の言葉通り、彼女がいるだけで観ているこちらまでホッとする。最終話の放送直前、出演者たちがインスタライブを開催していたが、その様子を見ているとアンジェラの包容力は演じるガウ自身が持っているものなのだと思わされた。 そして、「私たちは教室に火星を作ることに成功しました」という岳人の第一声で始まったスピーチは、筆舌に尽くし難いほど圧巻だった。 「今からこの教室に、ささやかな青空を作ります」 藤竹がそう言いだした時、岳人はそんなのは無理だと思っていた。だけど、不可能なんかじゃなかった。あの時、藤竹が再現したのは青空とは到底言えないものだったかもしれない。それでも、無限の可能性を秘めた宙を岳人に見せてくれた。その宙に手を伸ばし、科学部の仲間たちと試行錯誤を重ね、ランパート・クレーターという火星の一部を再現することに成功した岳人。今、彼はまだ人類が到達していない火星の景色を共有している。年齢も、性別も、国籍も、地位も、境遇も全く違う人たちと。岳人が一瞬、沈黙したのは話すことを忘れたからじゃない。1年前には想像もつかなかった、この景色を永遠にしたかったからだ。 科学は日々進歩しているが、この世界にはまだまだ、解き明かされていないことや、実現されていないことがたくさんある。たった1人では無理でも、あらゆる立場の人たちが知識と力を持ち寄れば、達成できるかもしれない。そして、その時の喜びと驚きを少しでも多くの人と共有できたら、きっと世界はもっと輝くのではないだろうか。 「俺はまだ、この実験を終わらせたくない」「だから、いま皆さんとすごく話したいです。どうすればもっと良くなるのか、一緒に考えてください」と発表を締めくくった岳人。その瞬間、会場から大きな拍手が鳴り響く。この物語で最も成長したのは岳人だろう。読み書きが苦手なことで自分を不良品だと思い込んでいた岳人だが、小さな子供のように好奇心が旺盛で、藤竹や科学部のみんなとの出会いでそれが解放されてからは、ぐんぐんと色んなものを吸収していった。そんな岳人とともに本作で、俳優として目覚ましいほどの成長ぶりを見せてくれた小林。その無限の可能性が生み出す輝きから、私たちは目が離せない。