欧州の民意は環境問題よりも経済・移民対策、EUが国際社会をリードした環境規制も見直しや巻き戻しが必至
■ 揺らぐフォンデアライエン委員長の立場 今回の欧州議会選を受けて、今後EUでは、執行部局である欧州委員会の運営体制が刷新される。 続投を目指すウルズラ・フォンデアライエン現欧州委員長だが、そもそも同委員長の就任は、マクロン大統領の強い意向を反映したものだった。いわばマクロン大統領は、フォンデアライエン委員長の「生みの親」であり、また「庇護者」でもあった。 産業界に近い中道右派の会派(EPP)に属しているにもかかわらず、フォンデアライエン委員長が欧州グリーンディールに代表される環境対策を推進できた大きな理由の一つに、マクロン大統領との関係の良好さがあったと考えられる。 現状の議席配分を考慮すれば、欧州委員会の次期執行部でもフォンデアライエン氏が委員長に再任される可能性が高い。一方で、マクロン大統領の求心力の低下を受けて、フォンデアライエン委員長の求心力もまた低下すると予想される。特に、フォンデアライエン氏が注力してきた環境対策については、見直しが進むことになるだろう。 例えば、欧州委員会は2035年までに新車登録を電気自動車(EV)など走行時に温室効果ガスを排出しないゼロエミッション車(ZEV)に限定する方針や、2030年までにエネルギー供給に占める再エネの割合を42.5%に引き上げる方針を決定したが、こうした政策について、中間目標の下方修正や最終期限の延長が図られると予想される。 確かにフォンデアライエン委員長には、その強いリーダーシップで、2020年のコロナショックと2022年のロシアショックを乗り越えてきた実績がある。ただ、その強いリーダーシップは、同時に独善的とも評されてきた。マクロン大統領という庇護者の求心力が低下する中で、フォンデアライエン委員長の資質が改めて問われることになる。
■ 欧州が影響力を行使した環境規制も風前の灯火 欧州議会選で示された民意を受けて、欧州委員会を含めたEU執行部は、今後、経済問題や移民問題に注力せざるを得なくなる。こうした中で、EU執行部が戦略的に進めてきた規制の輸出と、それを通じた国際社会での政治的な影響力の行使は難しくなるだろう。いわゆる「ブリュッセル効果」は、その力を弱めることになると考えられる。 ここ数年のEUは、袂を分かった英国とともに、国際社会で環境規制の強化をリードしてきた。年に1回開催される気候変動枠組条約締約国会議(COP)の場を通じて、化石燃料の利用削減や新車の早期ZEV化を声高に主張してきたことは、その端的な例である。環境対策の議論をリードすることで、グローバルな影響力の行使を試みたわけだ。 しかしながら、そうしたブリュッセル効果の発動を狙ってきたEUの執行部を、EU各国の有権者が必ずしも評価していないことを、今回の欧州議会選の結果は鮮やかに描き出した。そうした状況でEUがいくら強いメッセージを発したところで、日本を含めた国際社会がそれを受け止めることなど、望みがたいというところではないだろうか。 ※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。 【土田陽介(つちだ・ようすけ)】 三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部副主任研究員。欧州やその周辺の諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。2005年一橋大経卒、06年同大学経済学研究科修了の後、(株)浜銀総合研究所を経て現在に至る。著書に『ドル化とは何か』(ちくま新書)がある。
土田 陽介