もうやりたいことないよ、全部やりつくしたからーー作詞家・松本隆が振り返る、ヒットの系譜
はっぴいえんどの仲間であり、多くの楽曲をともに作った大瀧詠一は2013年にこの世を去った。1曲をのぞくすべてを松本が作詞した大瀧の1981年のアルバム『A LONG VACATION』は、何度も再発を重ね、これまで200万枚以上を売り上げている。 「明るくてポップなんだ、あの人は。日本には、そういう人はすごく少ないよね。松田聖子も、明るくてポップだから演歌にならない。それはすごく僕にとってレアな宝物だった。『瞳はダイアモンド』(1983年)のとき『失恋の歌をつくろうと思うけど、ふられたことある?』って言ったら『ないです』って言われて(笑)。それが本当かどうかはわからないけど、すごいポップでいいなと思った」
東京は限度を超えておかしくなってきちゃった
はっぴいえんどの1971年のセカンドアルバム『風街ろまん』のレコードは、ジャケットを開くと、街を走る路面電車が描かれている。それこそが松本の原風景である「風街」だ。彼が育った渋谷、青山、麻布をイメージしている。しかし、現在松本が暮らしているのは神戸、京都だ。 「東京が限度を超えておかしくなってきちゃった。特に渋谷。東横線で渋谷駅についたら、地下5階ぐらいにいきなり来てさ。もう浦島太郎。地上にも出られない(笑)。『何これ、ダンジョンか?』みたいなさ(笑)。ホテルの部屋から見下ろすと、穴ぼこだらけなわけ。もう慣れ親しんだ街ではなくなってしまった。子供のときに住んでいた青山も、昔は普通の住宅街で、1964年の東京オリンピックのときにいきなり道路になっちゃったんだけど」 そんな松本の目には、現在の東京はどう映るのだろうか。 「僕自身はそうなりそうな予感がしたから、さっさとどいたって感じだね(笑)。関西っていうのは、やっぱり日本の文化の発祥地でさ。特に食の文化は、歴史の積み重ねなんだ。やっぱり京都は和食、神戸は中華がいいしね。食はでかいよ。特に年取ると(笑)」
今後の自身の活動については、こう即答する。 「もうやりたいことないよ、全部やりつくしたから。若手はもう、僕のこと怖がっちゃうでしょ(笑)」 とはいえ、作詞活動50周年を記念するトリビュートアルバム『風街に連れてって!』には多くの若手が集まった。昨年、「夜に駆ける」が大ヒットしたYOASOBIからは、幾田りらが参加。その歌唱を松本も絶賛する。 「すごくうまいよね。あと、池田エライザや川崎鷹也も。今回、亀田誠治がプロデューサーとして腕を奮ってくれた。基本に忠実で、原曲へのリスペクトがありながら、トータルにバンドソングみたいな感じで、そこに僕のヒット曲の詞が乗ると、一個のバンドで歌手が11人いるよう。若手からベテランまで世代も作品の時代も超えてというのは、これまでに編まれてきたカバーアルバムと同じだけれど、何か一味違う内容になったのは亀田君の功績でもあると思う。ものすごい求心的でありながら、拡散してるみたい。詞で縛ってるカバーアルバムなんて、海外でも珍しいと思うんだ。そういう意味でも光栄の極みだなって」