難攻不落の城に笑う閻魔様!? ランパンプスが「落ちない」岐阜城を徹底調査!
仙田:360度ぐるっと見ていただけます。 寺内:信長公もこの眺めを見てたってことですよね。 小林:「明智め! 計ったな!」
寺内:まだその時じゃない(笑)。向こうは何川ですか? 仙田:木曽川でございます。こちらが長良川で、さらに西には揖斐川がございます。
寺内:あっちの先が関ヶ原ですよね? 仙田:そうですね。 寺内:確かにさっきから、関ヶ原のほうに吸い込まれる感じがするんですよ。 小林:嘘つけ(笑)。 寺内:改めてだけど、これはすごい。結構正面突破でこの城を落とすのは無理だよ。 吉田:権威を「見せつけた」というような感じでしょうね。 小林:岐阜城の歴史を教えていただけますか? 仙田:岐阜城は1200年代に二階堂行政が鎌倉幕府の命によってここに砦を建てたのが始まりです。その後、稲葉家が城主になられたので、稲葉城、稲葉山と呼ばれておりました。そして、斎藤道三公の主の長井家も一時ここへいらしてから、斎藤家がもらって、というか取ってしまって斎藤家のものになりました。当時は、そこの白い建物が建っている場所に稲葉山城があった可能性があります。
寺内:ちょっとだけ場所が変わったんですね。
仙田:はい。その後、織田信長公がここに建てたということです。 寺内:じゃあ、岐阜城ができたのは1500年代ってことですか? 仙田:1567年です。 小林:てことは、織田信長がまだ30歳代のときに建てた家ってこと? 寺内:僕らと同じくらいの年齢のときの織田信長はこれを作ったんだ!
小林:「はいっ! ここを岐阜って名前にします!」「はい! 岐阜城を建てます!」 寺内:すごいけど、そんな軽い(笑)? 小林:難攻不落の城と言われているとお聞きしましたけども、どの部分が難攻不落なんですか? 仙田:今、歩いてきた道もそうですし、馬の背登山道などもありますが、とにかく崖なんです。もともと岩盤で、さらに岩盤に木が自然に生えてまいりましたから、300mとはいえ、山としてはなかなか大変な山だったんです。 寺内:それだと住むのも大変ですよね? 仙田:水も出なかったので、白い建物の右側にございます戦国井戸という井戸に雨水を溜めたり、水を汲んで持って上がって溜めていたんです。