大河『光る君へ』脚本家・大石静「執筆中に訪れた夫の死を噛みしめるのは、ドラマを書き上げてから。〈平安時代に関する思い込み〉を変えられたら」
◆身分の高い人は楽ちんな格好だった!? 当時の風俗を勉強しているとき驚いたことのひとつですが、十二単はもともと身分の高くない人の正装なんですって。(笑) たとえば私たちがホテルでルームサービスを頼むと、係の人は蝶ネクタイをした正装で運んで来て、こちらは寝間着で受け取ることがあるじゃないですか。そんなふうに、普段の十二単は使用人である女房の正装で、身分の高い人はわりと楽ちんな格好をしていたらしいと聞き、これにはかなりビックリしました。 宇治の平等院に取材でうかがった際には、ご住職が丁寧に説明してくださいました。鳳凰堂は阿弥陀如来がいる極楽浄土を再現していて、壁の「雲中供養(うんちゅうくよう)菩薩像」は仏たちが雲に乗って鉦や太鼓を鳴らしたり舞ったりしながら死者を賑やかに迎えに来る様子を表しているそうです。 そんな取材からまもなくして夫が他界したのですが、息を引きとる3時間ほど前、夫が突然病室の白い壁を指して、「みんなが楽器みたいなのを叩いて踊っているよ」と言ったのです。 早くに亡くなった夫の助手だった人の名前なんかも挙げながら、「Aもいる、Bもいるよ、ほら」って。夫は仏教徒でもなかったし、本当に驚きました。これが生と死の境目なのか、と思って。
でもね、なんだかとても面白そうに、楽しそうに言っていたんですよ。だから、いい感じで逝ったのかなあと思います。 平等院のご住職が「この世で仲の良い人、大切な人をたくさん作っておきなさい。そういう人たちがみんなで迎えに来てくれますから」とおっしゃっていたとおり、夫には迎えに来てくれる人がいっぱいいたんですね。 私は自分のときには両親も誰も来なくていいわ、と思いながらご住職の説明を聞いていたんですけど、私のことはきっとおとうさんが迎えに来るんだろうなあ、と思います。 この欠落感がずっと続くかは、この先、生きてみないことにはわかりませんが、まずは持てる力を振り絞って大河ドラマを書き上げ、しみじみするのも休むのもそれから、と考えています。 (構成=山田真理、撮影=大河内禎)
大石静
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