大学のサークルがきっかけで「パワーストーン」に取り憑かれた、43歳男性の末路…得体の知れない不安が襲う
気が付けば借金は300万円に
それでも最初のうちは、1000円や2000円という小さな石を購入して満足しようとしていた。でも次第に1万円、2万円の石に手が伸びるように。遂には、100万を超えるアンモナイトの原石など、高価なものをローンで購入するようにもなった。当然、暮らしは圧迫した。 「どこそこのパワースポットの気が入ったストーンだとか、有名なインドのヒーラーが触ったストーンだとかを見て、説明されるとほしくなりましたね。でも、家に持ち帰ると、そんな説明すら忘れてる。ただ、石が並んでいるのを見るとホッとする。 両親からの仕送りだけで買えるわけはなく、ファミレスのバイト代で買っていましたが、結局カードローンが膨らんでいきました。就職してからも、カードローンは少しずつ増えていて、実は今は300万円くらいあるんです。返しては借りての繰り返し。 大変だけど、ワンルームの棚が、グレーや白やピンクや黒や……さまざまな色のストーンでだんだんいっぱいになっていきました。でも、それを見ると満たされる。だから買わないわけにはいかないんです。心の癒しですから、パワーストーンは」 でも不思議なくらい、石にまつわるスピリチュアルなグループや宗教的なことにはまったく興味がなく、誘われてもピシャリと断り続けているそうだ。 「次第に、石の説明も聞かずに、見た直観だけで買うようになりましたね。石の価値は自分で決める。自分を癒してくれそうな石かどうかを、おそらく瞬間的に判断して購入を決めるんだと思います。 僕は頑固なのかもです。だから、ある意味、宗教的なところに大金は使わないだけ、まだいいのかもしれません。この頑固さは、思えば小さいときからです。周囲からスポーツをすすめられたときにも、いやだと言ってしなかったでしょう? こんなタイプだから、友達も彼女もできないんでしょうね。 大学時代くらいから、何日かにいちどは、陸上の夢を見るんです。誰かを追いかける夢だったり、追いかけられる夢。どちらも、なんとも言えない恐怖感があって、大声を出して真夜中に目を覚ますこともあります。 そんなときは、枕元に置いている、先輩がくれた石をにぎりしめて気持ちを落ち着けて、どうにかまた眠りにつくんです」 実は康太さん。ここ数年は、子供の頃にスポーツをしなかったことを後悔することがあるそうだ。もしやっていたら、なにか好きなことを見つけられたのではないかと。あのとき、両親が無理やりでも僕に陸上をやらせてくれていたらどうなっていたのかなあと空想をする。 「そういえば……中学時代だったかな? スラムダンクというマンガを読んだときに、ああ、バスケットなら、自分がしていたらいいところまでいけたんじゃないかなあと思ったんですよね。なのに、何もしなかった。 就職先として今の会社を選んだのも、心のどこかでスポーツをやり残した思いがあったからかもしれません。でも…社内にいくつかのスポーツサークルがありますが、しないんですけどね。まあ、こんな性格なのでね。 実家の両親ですか? 僕はひとりっこなので面倒をみなきゃいけないかもしれないけど10年ほど帰省していません。まあ、それより自分の未来のほうが今は心配です。 両親は、どうして僕がちゃんと生きられるようにアドバイスをしてくれなかったのでしょうね。いや、今になるとそう思うし、恨みにも似た気持ちが最近はあるんです。毎日、気持ちは虚ろなまま、ストーン熱と借金だけ嵩んでいきます。 僕は今、こうしてあなたから質問をたくさんしてもらっているので話せていますが、普段は本当に、自分から何を話していいかわからないんです」 康太さんは、終始、冷静に話してくれた。感情の高ぶりなどはほとんどなく、ある意味、自分の過去の話も夢物語か他人事のようにとらえている気すらする。 昔も今も、そういう話し方なのだそうだ。そんな康太さんの話しぶりが、私には、「自分の心を守る術」なのではないかと感じてならなかった。 心を込めて話すと、悲しみや苦しみは増長しがちだ。それを無意識のうちに防いでいるのではないだろうか。 本当は、子供のころに、両親や誰かからもう少しアドバイスがほしかった。生き方を誰かに尋ねたかった。それができないままなのを後悔しているのだが、後悔していると強く感じたくはないのだ。 でも、たぶん、まだ間に合う。康太さんが「間に合う」と思えば、今からでも人生は切り開いていけるのではないか。生きているという実感を得られるようになるのではないか。たとえば、勤め先のスポーツサークルに入ってみるだけでも、毎日は変わると思うのだけど……。 最後にそう伝えたのだが、康太さんは力なくにっこりとほほ笑むだけなのだった。長年のうちに染み付いた価値観は、なかなか変えることはできない。本人が、強く「変えたい、変わりたい」と思わない限り。 安藤房子さんの連載<43歳「パワーストーン」にハマった、“年収430万円”男性の「絶望的な生活」…400万円の借金、恋人も友達もいない>も引き続きどうぞ。
安藤 房子(作家・恋愛心理研究所所長)