AIは「制御不能になる脅威」をはらんでいる 京都大学の研究者が語る有用性と危険性
今月発表された2024年のノーベル賞は、自然科学3賞のうち物理学賞と化学賞を人工知能(AI)が関連する研究業績が占め、研究分野におけるAIの影響力の大きさがあらためて示された。AIを材料設計や生物の分布予測に用いる京都の研究者は「AIは研究の在り方を大きく変える」などとツールとしての有用性を評価する一方で、活用の在り方を巡っては危険性も十分に認識すべきだと指摘する。 【写真】京都大学 10月8日発表の物理学賞は、AIの機械学習の基礎となる神経回路を模した「ニューラルネットワーク」の手法を開発した、米プリンストン大のジョン・ホップフィールド教授とカナダ・トロント大のジェフリー・ヒントン教授が選ばれた。翌9日の化学賞も、タンパク質の立体構造を予測するAI「アルファフォールド」を開発したグーグル傘下ディープマインド最高経営責任者(CEO)デミス・ハサビス氏ら3氏が発表された。 アルファフォールドは、タンパク質の立体構造に関する大量のデータを学習し、未知の構造を高精度に予測するモデルだ。立体構造はタンパク質の性質に深く関わる。AIによる成果は既に医薬品などの開発に活用され、公開からわずか4年での授賞につながった。 そのアルファフォールドの「半導体版」とも言えるAI予測モデルの開発に取り組むのが、京都大工学研究科の田辺克明教授らの研究グループだ。 新たに半導体材料を開発する上で、どのくらいの電圧をかければ電流が流れ始めるかを知ることは、どんな用途に適しているかを見極める最も重要な手がかりになる。ただ、化合物を構成する元素の組み合わせやその比率は無数で、実験で試せる数に限りがある。未知の材料の性質を予測して候補を絞りこめれば、新規開発が飛躍的に進む。 田辺教授らが9月に米国際誌に発表したモデルは、複数のニューラルネットワークを組み合わせて予測精度を高めた「アンサンブル学習」を半導体分野で初めて導入した。最も予測精度が高いとされてきたモデルよりも、電圧の実測値との誤差を5・7%縮め、世界最高の精度を実現した。既存のモデルを組み合わせたため計算負荷も軽く、ノートパソコンでも数時間で計算が可能という。 「半導体材料を一つ作るにも高温で結晶化したり、デバイス作製のため微細加工したりと時間も労力もかかっていた。2~3年後には製造現場の一部で実用化も始まるのではないか」と田辺教授はみる。 また、京大化学研究所などのチームは、宇宙の人工衛星が取得した海の色などの海洋データから、そこに生息するプランクトンの種類を群集レベルで予測するAIモデルを開発した。ミクロな生物の動きをマクロな視点から把握する新たな手法で、昨年9月に国際学術雑誌にオンライン公開された。 海洋プランクトンは、植物プランクトンが光合成によって二酸化炭素を取り込むなど、地球上の炭素の動向を考えるうえで大きな存在で、季節による変化などが研究者の注目を集めている。 同研究所の緒方博之教授らは、過去の海洋調査で得られたデータからプランクトンや原生生物の組成に基づく6種類の群集に分類。そのうえで海の色のほか、海色から導き出されるクロロフィル(葉緑素)濃度など計17項目を手がかりに、この6種類のどれに分類できるかを衛星データから予測するモデルをつくった。 このモデルを用いて過去20年のプランクトンの分布を地球規模で算出したところ、現場観測で既に知られている季節変動とパターンが一致したという。将来的に同様の手法でウイルスや細菌のタイプも予測できると見込む。緒方教授は「学術船による現場調査を高頻度かつ広範囲に実施することは現実的ではない。AIを活用した成果は漁業などに幅広く応用できる可能性がある」と話している。 ◇ AIによる機械学習などを活用した研究手法は近年、幅広い研究分野で急速に普及しているが、万能ではない。緒方教授は「機械学習はあくまでツール。AIを活用するにも仮説や問題設定が最も重要で、現段階では科学者が研究の根幹を考える必要がある」と語り、研究目的に沿ったAIの柔軟な使い方が重要だと強調する。 AIの活用を巡っては物理学賞の受賞が発表されたヒントン氏自身が、「起こり得る悪い結果、特に制御不能になる脅威を心配しなければならない」とかねてから警鐘を鳴らしてきた。物理学賞の選考委員会も会見で「人類にはこの新技術を倫理的に使う責任がある」とAIの発展にはらむ危険性に言及した。 田辺教授もこの懸念に同調する。既に存在する個体と同じ遺伝情報を持つ「クローン人間」に対し、倫理的な懸念から規制が進む生命科学分野を引き合いに出しながら、「道徳的に守るべきところを考えるリテラシー(知識や判断力)や、技術の進化に伴う危険性に対応する姿勢が、急速に発展した情報分野にはまだ希薄だ」と指摘。「ノーベル賞を機にAIへの関心はさらに高まるはずで、合わせて危険性についても世界の専門家や政府が考えるきっかけとすべきだ」と強調する。