高貴な血筋ながら周囲に翻弄された源明子
7月21日(日)放送の『光る君へ』第28回「一帝二后」では、藤原道長(ふじわらのみちなが/柄本佑)の娘・藤原彰子(あきこ/しょうし/見上愛)の立后の様子が描かれた。一方、出産したまひろ(のちの紫式部/むらさきしきぶ/吉高由里子)は子育てに励むのだった。 ■前例のない一帝二后が実現する 藤原道長は、自身の娘である藤原彰子を中宮にして、一帝二后とする策を一条天皇(塩野瑛久)に奏上する。藤原定子(高畑充希)を心から愛する天皇は、后を二人にするという前代未聞の提案に反対したものの、彰子の境遇に同情する気持ちも芽生えつつあった。 その結果、藤原行成(ゆきなり/渡辺大知)の説得により一条天皇は一帝二后を受け入れて宣旨。異例のこととはいえ、反対を口にする公卿は一人もいなかった。 立后した彰子を見届けた後、道長は倒れる。宮中に動揺が走るなか、まひろのもとにも、夫・藤原宣孝(のぶたか/佐々木蔵之介)を通じて道長危篤の知らせがもたらされた。生まれたばかりの愛娘・賢子(かたこ/けんし)を育てることに幸せを感じていたまひろだったが、その夜、涙しながら道長を想うのだった。 昏睡状態で死線をさまよっていた道長は、まひろに手を取られ、引き戻される夢を見た。目を覚ますと、道長は病からすっかり回復していた。 一方、一条天皇の子を身ごもっていた定子は、衰弱するなかで皇女を出産。その後、亡くなった。 一条天皇が嘆き悲しむなか、定子の兄・藤原伊周(これちか/三浦翔平)は、妹を失った悲しみを道長への憎悪に変え、怒りの声をあげるのだった。 ■格差をつけられた子どもの昇進 源明子(みなもとのあきこ)は、醍醐天皇の皇子で左大臣・源高明(たかあきら)の娘として生まれた。母は藤原師輔(もろすけ)の五女・愛宮(あいのみや)。一説によれば、生年は965(康保2)年頃とされているが、はっきりとしたことは分かっていない。なお、師輔は藤原道長の祖父にあたる。 父の高明は、969(安和2)年の「安和の変」で謀反の嫌疑をかけられ、失脚。大宰府に流され、政治生命を断たれた。これを受け、母の愛宮は出家(『蜻蛉日記』)。こうして両親を失った明子は、父の兄弟である盛明親王(もりあきらしんのう)の養女として育てられることとなった。 花山天皇の即位式の際に「明子女王(盛明親王女)」と記す記録が残っていることから、どうやら養女となったことで皇籍に編入されることになったらしい。父の失脚を契機に、明子の身辺が激変したことをうかがわせる。