「宝ものだった息子」小2の男子児童(当時8)がインフルエンザの合併症で死亡 涙を浮かべ法廷で語った母親の思いと願い
息子は、右半身麻痺のために一人で移動することが出来ず、行動範囲がとても限られていました。 担任の先生に続いて、小学校内でクラスターが発生していました。息子が小学校の他に唯一立ち寄ったデイサービスの施設ではインフルエンザ感染者は全くいませんでした。ですから、息子のインフルエンザ感染は小学校内で起きたことに間違いありません。 ところが、小学校は、自分たちに責任はないということを強調し、息子が亡くなったことは『知らない、分からない』と言うばかりでした。 私たちは、小学校や先生を責めるつもりは全くありません。ただ、小学校内の感染で息子の尊い命が失われたことを認めていただきたいのです。そして、息子のようなハンディのある子どもたちが、より安全に小学校生活を送るためにはどうすべきかを考えて欲しい。息子のような子が二度と出ないように、改善すべきことがあるならば工夫して頂きたいのです。 小学校内での感染であることを一向に認めない小学校の対応を目の当たりにする中で、息子が蔑ろにされているような気持ちになっていきました。息子という子どもがいたことに向き合ってもらえていない。過去のこととして忘れられようとしているように感じました。 そのことがどうしても辛く、同じように学校事故で子どもを失った遺族の会に参加するようになりました。その中で、『息子が生きた証として、スポーツ振興センターへ災害共済給付金の請求をしてはどうか』とアドバイスを受けました。『小学校での感染であることがきちんと認められれば、今後、息子のように感染症に弱い子どもに対する対策も、進歩するかもしれない』とも言ってもらいました」 息子はたくさんの大病をしましたが、これを乗り越え、精いっぱい生きていました。精いっぱい生きようとしていたことを認めてもらいたい。息子が生きた証を残したいという気持ちで、共済金の手続きを始めました。 ■「息子のような子どもたちが安心して小学校に通うことができるように」裁判にのぞむ両親の思い【意見陳述全文】 小学校は、息子が小学校内で感染したことは分かっていたはずです。ところが、災害共済給付金請求の書類に『両親が申請するよう強く要請したため』と記載しました。息子の身体状況や生活状況、接触のあった他の児童の感染状況などを正確に報告してくれることもなく、他人事のような対応でした。 スポーツ振興センターの審査においても、息子の行動範囲がごく限られていたことや、小学校でのクラスターの状況等に正しく目を向けてもらえず、不支給決定とされてしまいました。 息子という1人の人間が存在したこと。息子が精いっぱい生きていた様子を、しっかりと見つめてもらうことは出来ませんでした。 息子は、たくさんのハンディを負っていましたが、大病を乗り越え、一生懸命に生きました。私たちのかけがえのない宝物でした。 この裁判では、息子という1人の子どもが精一杯生き抜いたことを、正面から認めて頂きたいです。そして、息子のような子どもたちが、他の子どもたちと同じように安心して小学校に通うことが出来るよう、改善がなされていくことを、心から願っています。
中国放送