黒沢清監督の前衛性を紐解きながら『Cloud クラウド』を解説 菅田将暉が見せた真骨頂
黒沢清監督と、俳優・菅田将暉。ともに日本映画を代表する二人による、映画『Cloud クラウド』が公開された。その内容は、インターネットを介した「転売ビジネス」を題材にしたサスペンス。菅田演じる転売屋・吉井の周りで不穏な出来事が次々に起こり、彼が次第に異常な巻き込まれていくといったストーリーだ。だが、後半は予想し難い方向へと話が転がっていき、壮絶なアクションが展開する。もちろんそこが見どころではあるのだが、前半と後半の落差や、リアリティの欠落について困惑する観客も多いようだ。 【写真】『Cloud クラウド』場面カット(複数あり) ここでは、そんな本作『Cloud クラウド』をどのように鑑賞すれば楽しめるのかを、黒沢清監督作の個性や前衛性の中身を分かりやすく紐解きながら、分かりやすく解説していきたい。 インターネットが一般に急速に普及していった時代を背景にした、異様な語り口のホラー映画『回路』(2001年)をすでに撮っている黒沢清監督。今回扱うのは、インターネットを利用した転売ビジネスである。個人でインターネットのサービスを利用して商取引する人が増えた現在。趣味や不用品の処分などの枠を超え、売れ筋の商品を見つけ出して売買することで利益を生み出すことを専門とした転売屋もまた、増加の一途にあるという。 菅田将暉が演じる本作の主人公・吉井は、工場に勤務しながら転売業を続ける人物だ。決まった収入を得て生活を成り立たせつつ、余った時間を利用して需要のありそうな商品に目を光らせ、購入した物をサイトに出品するという日々を送っているのである。 転売それ自体は、商品についての虚偽の記載をおこなったり、チケットを高額販売するなどの違法なケースを除けば、ビジネスとして認められている。だが、買い占め行為により一般消費者が商品を手に入れにくくなったり、転売屋が利益を得ることによって商品の販売価格が吊り上がり、その商品を本来必要としている人が適正な価格で購入できなくなるという点において、しばしば批判の的となるように、社会問題化している部分がある。 吉井のやっていることもまた、倫理的にはグレーなところがあるものの、基本的には法律に違反しないように気をつけているように見える。しかし、工場を辞めて転売一本に集中してからは、偽ブランドの可能性があるバッグを販売してしまうなど、次第に綻びが目立つようになる。偽物でありながらブランド名を記載して販売してしまえば、詐欺罪が成立してしまうことになるのである。 このような転売ビジネスを継続する吉井は、さまざまな人物から、怒りや憎しみを買うようになっていく。そういった不穏な雰囲気を、部屋の中に差す明かりなどで表現する演出は、相変わらず見事だ。ちなみに、吉井は恨まれている割に収入をそれほど得ていないというのが、ある意味リアルで物悲しいところだといえる。本作で最もリアリティを感じるのは、この部分かもしれない。 さて、ここから映画はいわゆる「超展開」へと転がってゆく。周囲に不穏な雰囲気を感じとったことで、東京から山奥の物件に引っ越していた吉井だったが、そこに吉井に恨みを持っている者、吉井のように炎上している人物を痛ぶって楽しもうとする者たちが集り、銃を撃ちながら迫ってくるのである。 吉井は悪いとはいっても、せいぜいが「小悪党」のレベルにとどまる人物であり、菅田将暉が見事なバランスで演じているように、その態度が他人をイラつかせるようなものであったにせよ、面と向かって罵倒するようなこともしていない。そんな吉井が、大勢に拉致されて拷問されるほどの大罪を犯しているとは、とても思えない。さらには、そこに謎の犯罪組織の一員だった人物が加わり、とくに日本では非日常的といえる、激しい銃撃戦が展開するのである。 「クラウド」というタイトルから想起されるように、インターネットのサイバー空間のなかで憎悪が増幅していくメカニズムや、転売という行為に含まれた、あらゆるものを金額で判断するといった人間性の欠如が、他人を軽視し踏みにじるような価値観を生んでいくというテーマが、そこにあるのは理解できる。しかし問題なのは、だとしてもここまで突飛なストーリー展開にならないだろうという点だ。われわれはこれをどのように理解すれば良いのだろうか。