宇宙における防衛イノベーションと日本の課題
防衛省・自衛隊による商業宇宙技術の活用と課題
日本に目を転じると、現在防衛省・自衛隊が運用する宇宙システムは、防衛通信衛星「きらめき」の3機のみ。これには2008年の宇宙基本法の成立まで、日本では宇宙の安全保障利用が厳しく制限されていたという背景がある。したがって、日本では安全保障分野における宇宙システムのアーキテクチャの構築が本格化したばかりであり、今後さまざまなシステムの開発及び運用が予定されている。 その中でも防衛省は、米SDAが進めているような、多くの小型衛星を一体的なシステムとして運用する「衛星コンステレーション」の安全保障利用に向けて積極的な動きを見せている。例えば、衛星通信の抗堪性(こうたんせい)向上のため、商業通信衛星コンステレーション(Starlink及びOneWeb)の活用可能性を検証する実証事業を進めているほか、防衛省の25年度予算案には、遠距離の攻撃目標の探知・追尾能力の獲得のための衛星コンステレーションを、PFI方式(民間主導により効率的な公共サービスの実現を図る方式)により25年度末から構築開始する計画が盛り込まれた。さらには、日米の防衛当局間では、弾道ミサイルや極超音速滑空体の早期警戒・追尾のための衛星コンステレーションでの協力も打ち出されている。 特に上述のPFI方式による攻撃目標探知・追尾のための衛星コンステレーションは、早ければ25年度末から構築が開始される計画となっており、既存の商業技術を最大限活用した上で、新たな能力を確保する挑戦的な取組みと言える。日本においては、民生の宇宙開発技術の積み重ねと、近年のスタートアップを中心とする新たなサービスの提供が組み合わさった、宇宙開発利用のエコシステムが形成されつつあることが背景にあろう。 このように防衛省・自衛隊は、新しい取組みや商業技術の積極的な活用を進めようとしているが、難しい課題も抱えている。例えば、上記の衛星コンステレーションの構築においても、多くの技術的な課題が存在すると考えられるが、より大きな問題は、宇宙システムをいかに地上の自衛隊の作戦運用に統合できるかであろう。攻撃目標探知・追尾のための衛星コンステレーションは、日本の領域外における遠距離目標を攻撃するための全体のシステム―22年の国家安全保障戦略で提唱された「スタンド・オフ防衛能力」―の一部に過ぎず、宇宙システム単独で機能しても意味をなさない。 上記はあくまで一例であるが、宇宙システムと地上の作戦運用コンセプトとの統合は、今後の防衛省・自衛隊の前に共通して立ちはだかる課題となりうる。これまで日本の宇宙開発を担ってきた組織にも、自衛隊にも、そのような経験やノウハウはない(戦略レベルの情報収集活動などの一部例外は除く)。とはいえ、日本が直面する安全保障環境に鑑みれば、宇宙システムを利用した防衛力向上の努力は欠かせない状況にきており、前に進む以外の選択肢はない。 2024年10月、防衛装備庁は防衛イノベーション科学技術研究所を創設し、「従来の常識を覆すブレークスルーへの挑戦、科学技術の迅速な活用」を進めていくことを目標に掲げた。先端技術の開発は当然重要であるが、既存技術の新たな活用方法を見出すこともイノベーションの一種と言えよう。 これまで見てきたように、宇宙安全保障の分野においては、日米ともに既存の商業技術を活用した宇宙システムを構築することで、新たな能力を獲得する試みが進められており、これが成功すれば両国の防衛力の向上に大きく貢献する可能性がある。ただし、特に日本にとっての問題は、今後構築する宇宙システムの能力及び機能を、自衛隊の地上での作戦運用コンセプトの中にどのように位置づけ、いかに統合を図ることができるかである。これは簡単なことではないが、今後の日本の防衛力向上のために乗り越えるべき課題となろう。
【Profile】
梅田 耕太 国際文化会館・地経学研究所客員研究員。専門は宇宙政策、先端技術、サイバーセキュリティ。京都大学大学院法学研究科修了。2010年防衛省入省。情報本部、国際政策課などで勤務後、15年に退職し、宇宙関連組織にて海外の宇宙政策及び技術開発動向の調査・分析、戦略立案を担当。2023年5月より現職。