宇宙における防衛イノベーションと日本の課題
宇宙開発庁(SDA)による新たな宇宙アーキテクチャの展開
一方で、過去数年間で、装備体系の大きな変革を始めているのが米宇宙軍である。宇宙軍が現在保有・運用する宇宙システムは、主に大型で非常に高性能な軍事衛星―例えば早期警戒衛星や軍事通信衛星―であり、伝統的にそのような衛星を少数運用してきた。しかし、例えば敵国が地上から発射する弾道ミサイルでそれらの衛星を破壊しようとすれば、衛星側で回避することは非常に難しく、敵国からすれば格好のターゲットでもあった。さらに言えば、衛星1機あたりの開発コストも高額かつ長期間の開発期間を要することが常態化していることが問題視されていた。 これを一変させたのが、2019年に国防次官(研究・工学担当)直轄で創設された宇宙開発庁(SDA)であった。SDAは、国防総省内部から破壊的イノベーションを起こすこと、すなわち従前の米軍の宇宙システムのアーキテクチャを根本的に変化させることを掲げた。SDAのトルニエ長官は、宇宙軍が伝統的な宇宙システムを開発、運用し、戦力を提供している中で、同時に革新的な事業に注力することはできない―いわゆる「イノベーターのジレンマ」が存在する―ことを挙げ、だからこそ宇宙軍とは別組織であるSDAが新しいアプローチで変化をもたらすのだと説明した。 SDAが提示したキーワードは、「分散化」と「スパイラル開発」であった。具体的には(1)小型で低コストの衛星を数百機打上げて分散化して運用することで、1機の衛星が攻撃されてもアーキテクチャ全体の機能が著しく低下することを避けるとともに、(2)2年ごとに新しい世代の小型衛星を打上げ、宇宙システムのアーキテクチャの機能を更新していくことを目指した。SDAの衛星の実証機は23年から打上げられており、第1世代の打上げが25年から始まるが、既に第3世代の一部の提案募集(Request for Proposal)が開始されている。 SDAは22年10月に宇宙軍の傘下に移管されたが、依然として強い独立性を保っており、その予算は毎年増加している。米連邦議会もSDAの価値を認め、要求された以上の予算をSDAのアーキテクチャに割り当てている。このような状況を受け、米宇宙軍本体も24年度の予算要求で、次世代の早期警戒衛星として開発していた5機の大型衛星のうち1機の調達をキャンセルする意向を示した。さらに宇宙軍トップのサルツマン作戦部長は、24年12月の講演にて、宇宙軍が創設から5年間のうちに運用面で達成した実績の筆頭として、SDAによる分散型のアーキテクチャの実証を挙げている。 SDAが宇宙軍にこのようなイノベーションをもたらすことができたのは、彼らが先端的な技術開発に成功したからではない。新たな宇宙システムのアーキテクチャと運用コンセプトを描いたこと、また、その実現のため、既に利用可能な商業技術を最大限活用することで、技術的なリスクをコントロールしつつも、迅速な調達を進めたことが重要であった。