プーチンがトランプより恐れた男「ナワリヌイ」が、猛毒「ノビチョク」で殺されかけた瞬間
自分の命を懸けてでも
2012年に横領罪をでっち上げて起訴を強行したのをはじめ、当局はさまざまな手段でナワリヌイの口を封じようとするも、反体制運動はますます盛り上がっていく。民主化によって権力を失うことを恐れたプーチンは、さらに強硬な手段を講じた。 2020年8月20日、シベリアへの調査旅行を終えてモスクワへ戻る飛行機内で突然、ナワリヌイは苦しみ始める。空港でロシアの工作員に神経剤「ノビチョク」を盛られていたと見られる彼は、病院に搬送され生死の境をさまよった。著書の中でナワリヌイは、当時の様子を冒頭のように振り返っている。 治療の末に意識を取り戻したナワリヌイだったが、いつまた当局から命を狙われるかわからない。妻のユリアによる必死の叫びに国際社会が動き、ドイツの病院に移送され手厚い治療を受けられることになる。 しかし2021年1月17日、ロシア国内で反体制運動を続けるべく、ナワリヌイは危険を承知で帰国を決断。祖国の空港に降り立った彼を待ち受けていたのは、警察による厳重な包囲網だった。引き続き『PATRIOT』から、当時の状況を紹介しよう。
「ちょっと一緒にこちらへ」
「ちょっと一緒にこちらへ」とパスポートを見ながら大尉が言う。同行する私の弁護士を見ると、しまったという表情を浮かべている。私との距離は少ししか離れていないが、弁護士が立っているのは、すでに国境を示す仕切りの向こう側だ。 「どうして連れて行こうとするんだ?」私は大尉に尋ねる。 「いくつか細かな部分を確認させてほしくてね」 「それならこの場で確認すればいいじゃないか」 「一緒に来ていただく必要があります」 ふざけやがって、と思う。私を逮捕すると決めたなら、警官を連れてこい。一部隊を待機させてるのはわかってるんだ。きっと、警官が私を連行するところを(その場にいた報道陣に)撮られるのがいやなのだろう。 大尉が手元の端末に向かって何事かつぶやくと、警官たちが魔法のように現れる。弁護士がさらに激しく仕切りを揺すり、戻してくれと訴える。万が一を考えて、私は警察と自分のあいだに立っていたユリアを背中に隠す。警察が何を考えているかは神のみぞ知るだ。 今度は警察の少佐と押し問答を続ける。「こちらへ」「断る」「来てください」「イヤだね。弁護士がここにいる」「ダメです、私と来てください」というやりとりを繰り返す。 ユリアにスーツケースを渡す。彼女も拘束されることはないだろう。それがすべてに思える。覚悟はできた。ユリアにさよならを言い、頬にキスをする。 こうしてナワリヌイは当局に拘束され、刑務所に収容される。後編記事『パンツ1枚で、寒くて湿った「懲罰房」に収容される…ナワリヌイが書き残した「ロシアの刑務所」の驚きの実態』では、彼の獄中記からその実態を明かそう。 「週刊現代」2024年11月9日号より
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