【バイク短編小説Rider's Story】決意の志ぶき橋
オートバイと関わることで生まれる、せつなくも熱いドラマ。バイク雑誌やウェブメディアなど様々な媒体でバイク小説を掲載する執筆家武田宗徳による、どこにでもいる一人のライダーの物語。Webikeにて販売中の書籍・短編集より、その収録作の一部をWebikeプラスで掲載していく。 【画像】「決意の志ぶき橋」の写真をギャラリーで見る(4枚) 文/Webikeプラス 武田宗徳
浜名湖舘山寺、決意の志ぶき橋
────────── 二人で来たかったミーティング ────────── 「ごめんね。その日、予定あって」 どこへ行くとも言う間もなく、彼女はキッパリそう答えて、 「じゃあね」 と手を挙げて走り去っていってしまった。交差点でバイクを傾けて曲がっていく彼女の姿が見えなくなるまで、僕はその姿を追っていた。 毎月中旬の土曜日に、彼女と二人でバイクに乗って出掛けるのが恒例になっていた。お互いの都合が合うのが、そのくらいの日だった。昨年の秋、付き合い始めた頃は、僕のバイクのタンデムシートに乗っていた。冬の間に彼女は普通自動二輪免許を取得し、今は自分のバイクに乗るようになった。二台でツーリングに行くのは、今日で3回目だった。来月6月は、地元浜松で開催されるZuttoRide x KUSHITANI コーヒーブレイクミーティングに一緒に行けると思っていたけど、彼女の都合は悪いみたいだった。 ────────── 交通教育センターレインボー浜名湖 ────────── 会場の「交通教育センターレインボー浜名湖」は、奥浜名湖と呼ばれる地域にある。観光名所で知られる舘山寺から5キロと離れていないし、手入れの行き届いた庭園で知られる龍潭寺や、鍾乳洞で有名な竜ヶ岩洞も、ほんの数キロ先にある。二人で、そんな観光ツーリングができることを想像していた。 その日は午後から雨予報だったので、僕は開場早々から「レインボー浜名湖」に来ていた。すでにたくさんのバイクが集まっていた。 クシタニのホットコーヒー片手に会場を眺めていた。一人で来ているライダーもいるし、グループで来ているライダーたちもいる。男女が混ざり合ったグループもいるし、カップルで来ているライダーもいる。 二人で来たかった。心底そう思った。 ────────── Uターンのトレーニング ────────── 10時になると隣でバイクのスクールが始まった。「交通教育センターレインボー浜名湖」は、バイクやクルマの運転技術を教えてくれるスクールを毎日開催している。イベントのある今日も、変わらずスクールは開催される。受講ライダーたちが順番にスラロームを抜けていくのを、コーヒー片手にぼんやり眺めていた。続いて、Uターンのトレーニングが始まった。 最初のツーリングであいつ、Uターンできなかったんだよな。だから俺、次からのツーリングで、Uターンも坂道発進もしないで済むように気をつけたんだ。 女性グループのUターントレーニングが始まった。二人目のライダーが気のせいか彼女に似ている。もう一度しっかり見てみた。まさか。あれは間違いなく、彼女だ。ターンの途中でバイクを倒してしまった。トレーニング車両であるとはいえ、そんな彼女の姿を見るのはショックだった。やっぱりUターンが苦手なのだ。練習を繰り返す彼女を見ながら、二人のこれまでを思い返していた。 タンデムシートに乗った彼女は、自分でバイクに乗りたくなって免許を取った。教習所に通っているなんて知らなかったから、二輪免許取ったと聞いたときは驚いた。「びっくりした?」と聞いてきた彼女の嬉そうな笑顔は、今もはっきりと覚えている。 いつだか彼女に「バイクにずっと乗っていたいんだ」と話したことがあった。 そして今、彼女は僕に何も言わないでバイクのスクールでトレーニングをしている。もっと上手に運転できるようになりたい、と自分で思ったからなのだろう。彼女の運転が上手になったら、二人で行くツーリングはもっと楽しくなるかもしれない。 ……彼女も、ずっとバイクに乗っていたいと思ったのだろうか。 もしかしたら、自分ともずっと一緒にいたいと思って…、 いや、それは考えすぎかもしれない。 インストラクターの言葉を真剣な表情で聞いて頷いている。何かアドバイスをもらっているのだろう。その直後は2回ともスムーズにUターンができた。目線がよくなった。明らかに上達しているのが僕の目から見てもわかる。 ────────── 考えすぎなのかもしれないけど…… ────────── その場にいられなくなって会場を飛び出した。お昼休みまで待って、彼女と会うこともできたかもしれない。でもそれは、何か違う。 舘山寺温泉街まで走ってきた。赤い橋のそばで、西に広がる浜名湖を眺めていた。 湖西ナンバーのカブが2台、橋の手前に並んでいて、その横で女の子二人が笑顔をつくっている。向こうの歩道に置いてあったカメラのシャッターが自動でパシャリとおりた。 クシタニのウエアで上下揃えている僕が、地元浜松で開催のクシタニコーヒーブレイクミーティングに行かないわけがない。そんなの、彼女だってわかっていたはずだ。考えすぎかもしれない。だけど、それをわかっていて、レインボー浜名湖でトレーニングの予定を入れていたのだとしたら…。 なんて、健気なんだ。 なんて控えめで、なんて前向きなヤツなんだ……。 前から思っていた。あいつとずっと一緒にいられたら、と思っていた。 本当のところはどうなのかわからないけど……、 スクールで見た彼女に背中を押されたような形になってしまったけど……、 迷うことはなかった。 決意はもう、完全に固まっていた。 <おわり> 出典:『バイク小説短編集 Rider's Story オートバイの集まる場所へ』収録作 著:武田宗徳 出版:オートバイブックス
武田宗徳