須﨑優衣・女子レスリング50㎏級日本代表 頂点は譲らない「パリは通過点、 狙うは五輪4連覇!」
パリ五輪をおよそ3ヵ月後に控えた5月上旬、女子レスリング50㎏級代表の須﨑優衣は、単身でロシア南部のダゲスタン共和国に渡った。3年前の東京五輪に続く金メダルを期待される女王が、日本人にはなかなか馴染みのない土地――しかもロシアに行くとあって、所属企業のキッツからは不安の声も挙がったという。それでも24歳の彼女に迷いはまったくなかった。 【画像】「レジェンドに須﨑も近づきたい!」女子レスリング50kg級日本代表・須﨑優衣「素顔写真」 「私にとってダゲスタンはレスリングの聖地なんです。オリンピックを連覇した選手が生まれていますし、MMA(総合格闘技)も強くて、(UFCで活躍し無敗のまま引退した)ハビブ・ヌルマゴメドフさん(35)などがいる。オリンピックの前に一度、そんな格闘技大国に足を運んでおきたかったんです」 武者修行の旅を決断したのは直前のことで、出発の3日前に航空券を予約し、ビザも慌てて取得したという。何より、危険を顧みず、わざわざ行く場所ではないのではないか――。 「もちろん、怖さはあったんですが、それ以上にレスリングとの向き合い方、精神力や戦い方を学びたかった。同じレスリングをやるにしても、日本は個人練習とスパーリングが中心なのに対し、ダゲスタンではタックルの種類ごとに細分化された全体練習が中心。すごく刺激になりました」 入国するや2週間にわたって、レスリングの強者が集うスクールに足を運んだという須﨑は、屈託のない笑顔で「強さの秘訣が見つかった」と振り返った。 「みなさん優しく迎え入れてくれたんですけど、日常から戦いが生活の中に溶け込んでいて、戦うことが当たり前という認識で生きている。クマを練習相手にしていた選手もいました。レスリングの本質とでもいうのかな、ハングリー精神を植え付けられた気がします。根っからの戦闘民族である私としては(笑)、世界一自分に合う素晴らしい国でした」 取材当日、母校の早稲田大学のレスリング場で練習する前に撮影をする予定になっていたのだが――須﨑はなかなか姿を見せない。どうしたのかと地下のレスリング場に足を運ぶと、既にトレーニングウエアに着替え、縄跳びをしていた。 練習場に到着した段階で脳内が戦闘モードに切り替わり、集中するあまり予定が頭から抜け落ちていたのだ。練習終わりのインタビューで須﨑は言った。 「今はすべてがレスリングにつながる生活を送っていますし、趣味もサウナぐらいでそれもリカバリー目的。翌日から力強い生産的な1週間を再び過ごせるように心がけているだけ。でも、レスリングのためだけに生きる日々が、少しも苦ではないんです。こんなにも熱中できる競技に出合えて、なんて私の人生は幸せなんだろうって思います」 もし、小学1年生だったあの日、早稲田大学のレスリング部出身の父にレスリングを勧められていなかったら、今頃はどんな生活をしているか――そんな問いに須﨑はこう答えた。 「やっぱりレスリングをやっているかな。レスリングのない生活は考えられません」 パリ五輪の試合当日までの日数を、彼女はしっかり把握していた。 「今日から数えると、1回戦の日(8月6日)まで残り69日です。パリオリンピックが楽しみで仕方がないし、金メダルを獲る日が待ち遠しくて仕方ありません。当日は練習して来たことを出し切って、ポイントを奪われることなく、相手を圧倒する理想的な勝ち方をしたい」 須﨑は’19年から敗北を知らず、外国人選手に94連勝中だ。アスリートは敗北を糧とし、課題を見つけ、成長を遂げていく生き物だろう。勝ち続けながら、より成長を促し、より強くなろうとすることは、想像よりずっと困難なはずだ。 「私はただ勝ちたいだけで、そのためには強くなるしかない。もっと強くなりたいという気持ちとか、パリで金メダルを獲得したいという強い想いが、自分自身を向上させてくれます。実際に私はまだまだな選手だし、日々新しい発見とか、課題がたくさん見つかる。頂点を極めて、最強の須﨑優衣になりたい」 初めての五輪となった東京大会では、開会式で男子バスケの八村塁(26)と共に旗手を務めるという大役を担った。2度目の五輪ともなれば、心身共に余裕も生まれるのではないだろうか。 「余裕って何だろう(笑)。前回、未知の世界の大会だったオリンピックの雰囲気を感じ取れていることは大きいと思います。でも、東京は無観客開催でしたが、パリには観客が戻ってくる。まるで別物のような雰囲気となるかもしれません。それでも、自分がやるべきことを強い気持ちを持ってやれば、必ず結果は伴うと思っています」 女子レスリングでは伊調馨(39)が五輪4連覇、″霊長類最強女子″の吉田沙保里(41)が3連覇を果たしている。そうしたレジェンドに須﨑も近づきたい。 「私は(4年後の)ロサンゼルス大会だけでなく、(’32年の)ブリスベン大会も目指している。最大の目標は4連覇。これまで17年間もレスリングをやってきたことを考えたら、あと8年くらい何でもない。最大の目標を達成するために、人生を懸けて頑張っていきたい」 パリは通過点だ。最強の戦闘民族に慢心は微塵もない。 『FRIDAY』2024年6月21日号より 取材・文:柳川悠二(ノンフィクションライター)
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