児童精神科医が、実はよく観察している「診察室での親子の距離感」
子どもの心の声を聞くためには、まず「安心感」が必要
診療では患者さんである子どもの話をきちんと聞きたいので、親御さんにはいったん待合室で待ってもらって、お子さんと1対1で話をすることもあります。のちにその子から聞いたところによると、お母さんは口では「別に学校に行かなくてもいい」と言いながら、その子が学校に行かないとものすごく不機嫌になってしまい、それがつらいのだそうです。 もちろん、患者さん親子の空気というのは数値で測れるようなものではありませんし、だれもが同じような緊張感を感じとるわけでもありません。精神科医であっても、私とは異なる感じ方をする人もいるかもしれません。 いずれにしても、子どもが常に緊張感や不安を感じていると、本来のその子らしさを出せず、学校生活や家庭生活にさまざまなゆがみが生まれてくるのです。 親の態度や声のかけ方、家庭の雰囲気というのは、親が思っている以上に子どもの精神状態に大きな影響をおよぼします。こうした状況を放置していると、精神状態を悪化させたり、精神疾患を発症したりする原因になることもあるのです。 当然のことですが、児童精神科の診察室に子どもを連れて来られた親御さんに、「いつもニコニコ笑っていてください」なんて言うつもりはありません。親御さんは、これまで子どもの抱える問題に悩み、苦しんできたはずです。 どうしたらいいかわからずあせっている。そんな思いを抱えて診察室に来られた親御さんの苦しい気持ちは、よくわかります。でも、親御さんがあせり、苦しさを感じると、子どもはそれ以上にそれらを感じとるのです。 だからこそ、わかってほしい。親の与える安心感がどれだけ子どもに大きな影響を与えるのかということを。
子どもに不信感を抱かせる親のダブルバインド
子どもは大人の嘘に敏感です。たとえば、「わからないことがあったら、なんでもお母さんに聞いてね」と言われたのに、わからないことを聞いてみたら「そんなこともわからないの。自分で考えなさい!」と言われた、などもそうです。 「遊びに行く前に、さっさと宿題をやっちゃいなさい」と言われたから宿題を素早くやったのに、あとから「まちがいだらけじゃない! 適当にやるんじゃない!」と怒られた。「怒らないから、正直に言ってごらん」と言われたから、友だちをたたいたことを正直に言ったら、ひどく怒られた。 これらは「ダブルバインド(二重拘束)」と言って、嘘をつくつもりはなくても、最初に伝えたメッセージと、最終的に子どもに対して行った言動の間に矛盾がある状態のことを指します。多くの人が無意識のうちにやっていることですが、子どもはその矛盾を敏感に感じとるのです。 「早く宿題をしなさい」と「早くやったのに怒られた」という2つの矛盾した事象で拘束されると、子どもは混乱して「自分はなにをやってもダメなのか」と感じます。最初に「早く宿題をしなさい」と言ったなら、子どもが早く宿題をすませたことを認める必要があります。 それを評価せずに別のものを求めれば、子どもは心理的に混乱し、親に対して不信感を抱き、また自信が育まれません。 「怒らないから、正直に言ってごらん」と言うなら、やはり怒ってはいけないし、正直に言ったことを認めるべきです。そもそも、子どもに嘘をついてほしくないのなら、まずは「家ではなにを言っても大丈夫」と、子どもが安心できる場をつくることです。 また、体裁を気にして、矛盾した発言をしている人もいます。ほかのお母さんたちがいる場では、「うちの子には○○中学なんて絶対に無理よ」と言っておきながら、家では「○○中学に行ったら、将来は安泰よ」と言って、子どもに勉強させる、などもそうです。 まわりの人たちからどう思われているかが気になり、思ってもいないことを外では言っている親御さんもいらっしゃるのではないでしょうか。そのせいか、子どもに言っていることと、実際にやっていることの間に矛盾が出てくることもあります。 親自身には嘘をついている自覚がなくても、子どもが自分の期待したどおりの行動をしなければ結果的に怒るという手段をとってしまっている親御さんがいたら、一度、ご自身の言動に矛盾がないか振り返ってみてください。子どもって意外とよく見て気づいてますよ。大人の本心に。
精神科医さわ(児童精神科医)