13歳少年と36歳女性との不倫という衝撃の実話をベースにした映画『メイ・ディセンバー ゆれる真実』──難役に挑んだ俳優チャールズ・メルトンの覚悟
親子ほど年が離れたカップルという意味の慣用表現、メイ・ディセンバー。13歳の少年と36歳の女性の不倫という”メイ・ディセンバー事件”を当事者と第3者の目線で描いた話題作『メイ・ディセンバー ゆれる真実』が公開される。出演しているチャールズ・メルトンにその複雑な役どころについて尋ねた。 【写真を見る】13歳少年と36歳女性との不倫から始まる事件を描いた『メイ・ディセンバー ゆれる真実』のシーンをチェック
トッド・ヘインズ&2大女優に負けない存在感をしめしたチャールズ・メルトン
『キャロル』(2015)や『エデンより彼方に』(2002)などのトッド・ヘインズが監督した『メイ・ディセンバー ゆれる真実』は、2大オスカー女優、ジュリアン・ムーアとナタリー・ポートマンが初共演する話題作。だが、意外にも、最も注目されたのは、彼女たちとのシーンで繊細な演技を見せるチャールズ・メルトンだった。 この役でゴッサム賞やニューヨーク映画批評家サークル賞の助演賞を受賞し、ほかにも多くの賞に候補入りしたメルトンは、韓国系移民の母をもつアラスカ生まれの33歳。イヴ・サンローラン・ボーテのキャンペー ンやドルチェ&ガッバーナなどのモデルを務め、テレビドラマ『GLEE/グリー』のゲスト出演で俳優デビュー。2018年からはドラマ『リバーデイル』にレギュラー出演してきた。その間、『サン・イズ・オールソー・ア・スター 引き寄せられる2人』や『バッドボーイズ・フォー・ライフ』などの映画にも出たが、ヘインズ、ムーア、ポートマンのような実力派と組むのは初めてだ。その機会を絶対に逃したくないと、メルトンは全力を注いでオーディションに挑んだ。 ■存在感のない人物をいかに演じるか ──オーディションはどのように行われたのですか? 最初のオーディションは、自分の演技を録画して、その映像を送るというもの。録画をする前には、演技コーチのアドバイスを受け、心理カウンセラーと人間の感情について話し合い、参考のための映画をいくつか見るなど、たっぷりと準備をしました。演技の録画自体にも6時間をかけています。「もっとしっかり時間をかけて頑張ればよかった」と後悔することになるのは嫌だったので。そのシーンはとても微妙な内面を表現するものでした。その映像を見たトッド・ヘインズ監督から、「感情を抑えすぎているから、もう少しだけ見せたらもっと興味深いかも」との感想をいただいたので、僕はまた6時間をかけて演技の録画をし、次にニューヨークまで飛んで、トッドの前でジュリアンを相手に演技をすることになったのです。 そのオーディションで初めてメルトンを見た時、「メルトンには、言葉で言い表せない、このキャラクターらしい何かがあると感じました」とムーアは振り返る。「彼が演じるジョーは、私が演じるグレイシーのためにそこにいます。でも、ジョーはずっと自分を犠牲にしてきたので、彼自身はそこに存在しないような感じなのです」 ■当事者の本心と実際の事件を演じる女優の憶測 映画は、そんな自分自身に気づいていくジョーの心の変化を追う。13歳だったジョーは、バイト先の同僚で36歳の既婚女性グレイシー(ジュリアン・ムーア)と肉体関係をもった。未成年に性虐待をした罪でグレイシーは刑務所入りし、メディアはこのスキャンダルを大きく取り上げる。だが、グレイシーとジョーは愛を育み続け、出所後、結婚。それから長い年月が流れ、子供たちも巣立つ年齢になったある日、ふたりの話が映画化されることになり、主演女優のエリザベス(ナタリー・ポートマン)が、リサーチのためにふたりの家にやってくる。 ──ジョーは一体どんな人物だったのでしょうか? エリザベスがジョーとグレイシーの世界に入ってきたせいで、隠されていたものがさらけ出されることになるのです。ジョーは、自分が若い時に失ったものを知らないで生きています。彼には次々にやらなければいけないことが出てきて、自分がどう感じているのかに向き合う時間がないままでした。彼はずっと、自分以外のことを優先してきました。彼は常に妻に気を遣いながら生活しています。彼はすばらしい夫で、すばらしい父親。ひたすら自分を犠牲にしてきた。そのせいで彼はどんどん自分を小さくしてしまったのです。 ──ジョーがオオカバマダラ(蝶)の卵を保護し、成長させて自然に戻すという活動をボランティアで行っているのも、そのメタファーなのでしょうか? そうだと思います。蝶には何段階かの成長過程があります。この映画の始まりでは、ジョーは蛹で、繭の中にいます。繭はとても壊れやすい。ちょっと触っただけでダメになったりします。僕はジョーのジャーニーを、オオカバマダラの成長過程になぞらえました。彼は、人生のとても繊細なところにいるのです。 ついにジョーは、自分の中に湧き上がった疑問をグレイシーにぶつける。だが、グレイシーは、彼女の信じる真実をジョーに投げ返してくる。はっきりした“結論”のないエンディングについて、ムーアは、「普通、映画では、最後にひとつの真実が明かされて、観客は納得します。でも、トッド(・ヘインズ)は、あえてそれをやりません。彼は、観客に問いかけたままにするのです。現代社会で、私たちは、誰かが強く『こうだ』ということを信じてしまいがち。でも、果たして私たちは真実を聞くことができているのでしょうか?」と語る。 ■注目を集めるアジア系の俳優 アジア系俳優であるメルトンは、そんな奥の深い映画で、複雑なキャラクターを演じる機会を得たことに、大きな満足を感じている。 ──昨今、アジア系の俳優がとても活躍していますがどう感じていますか? 僕はジョーというキャラクターが好きです。長いこと抑圧されてきた彼は、それが何だったのかを、ようやく発見するのです。そして彼はたまたま韓国系アメリカ人。彼が韓国系でなければいけない理由は、とくにありません。彼というキャラクターがしっかりあり、たまたま韓国系だったというだけ。そのことに僕は感謝します。最近はアリ・ウォンとスティーブン・ユァンの『BEEF/ビーフ~逆上~』もヒットして、アジア系アメリカ人の語り手はもっといるのだということが証明されました。ゆっくりとではありますが、物事はポジティブな方に向かっていると僕は感じています。今はとてもエキサイティングな時ですよ。 『メイ・ディセンバー ゆれる真実』 2024年7月12日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開 配給:ハピネットファントム・スタジオ
取材と文・猿渡由紀 編集・遠藤加奈(GQ)