丸山ゴンザレス ニューヨークで見つけたとにかくボロくて宿泊施設と思えない暗さの安宿。迷路のような常連専門フロアに漂う<白い煙>の正体は…
◆視界不良の正体とは 迷路のような構造にも慣れてくると、同じに見えたドアにも違いがあることを認識できるようになった。そして、視界不良の正体を目撃することになる。 ドアを半開きにした部屋の中が見えた。部屋の主人がカセットコンロに鍋を置いて料理をしていたのだ。 部屋主までははっきり見えなかったが、結構な歳上、のびた髪と髭の様子から老人っぽい感じがした。直感的にホームレスみたいだとも思った。 男は俺が見ていることに気がついたようで、半開きのドアをガシっと閉めた。天井を見ると湯気が立ち上っていた。料理は続いているようだった。 白い煙に見えたものの正体が料理によるものだとわかったわけだが、そうなると俺の部屋と変わらないスペースでの料理作業。器用なものである。それが判明しただけでも、この宿の怪しさもいよいよ極まってくるように思えた。 フロアをさらに奥へと回ると、そこかしこに「occupied」と記入されたドアがあった。いずれもゴミなのか荷物なのか。謎の小袋などでいっぱいになって入れなくなっていた。 この手の荷物には見覚えがある。日本で行き倒れの取材をしている時に、知り合ったホームレスたちが同じような荷物の収納をしていたからだ。 先ほどの「occupied」が「使用中」の意味なのか、「占拠されている」のか、どっちの意味なのかを考えながら、この散策で先ほど思っていたむしろ正解であろうもう一つの可能性を確信した。宿泊者の多くがホームレスなのだ。
◆すかさず俺もタバコを咥えた 納得したところで、そろそろ自分の部屋に戻ろうかと思っていると、今度は窓の枠に腰掛けた男が当たり前のようにタバコを吸っていた。というかタバコの匂いに釣られてここまできたのだ。鼻先に煙の匂いを捕まえていたからだ。 こちらが喫煙に気がついて近寄っていることも気にせず、無言で外を眺めながらタバコを燻らせていた。 男は俺の方を見る。くたびれたシャツに無精髭。髪の毛も伸びっぱなしの白人男性。年齢は60代だろうか。 どんな旅をしてここに辿り着いたのか。それともこの街の出身だったりするのだろうか。 彼の出自を勝手に想像して眺めてると目があった。こちらを見返す顔には警戒心が迸っている。思わず、敵じゃないアピールをするため、すかさず俺もタバコを咥えた。 何も言ってこない。俺もタバコに火をつける。こうして俺は屋内でタバコを吸うというアメリカでの喫煙タブーをあっさりとおかすことになった。 ニューヨークに限らず、アメリカでは公共の場や屋内では原則禁煙である。ホテルの中は当然ながら禁煙なのである。 最近の喫煙事情について調べているとアメリカの喫煙ルールが厳格であるということをまとめた記事などを目にすることがあるが、実情との乖離があるように思える。 確かにルールは厳格に定められているが、それをすべての人が遵守しているようには思えない。 公共の場であろうと、周囲に人がいなかったらタバコを吸っている人は見かける。また、仮に喫煙している人を見かけたとて、喫煙者が指摘や注意されるようなことは滅多にない。警備員でもなければ率先して他者と関わろうとすることがないのは、日本と同じかもしれない。 とはいえ、決められたことを守れない側が悪いのは間違いないので、声高に実情との違いを主張する気はない。むしろ「守れなくて、すいません」である。 ちなみに後日、フロントで確認を取ったのだが、ここは実際にホームレスの収容施設としても機能しているそうで、彼らは10ドルで泊まれるそうだ。何年も住んでいる人もいるとのことで、それぐらい長く滞在している人にとっては、タバコがNGなんてルールはどうでもいいのだろう。実際、宿の人も特に気にしていなかった。 ※本稿は、『タバコの煙、旅の記憶』(産業編集センター)の一部を再編集したものです。
丸山ゴンザレス
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