「トクリュウ」関連で4472人が摘発されたが……フィリピンにいまだ蠢く「闇バイト」黒幕たちの影
「特殊詐欺なんてやってるわけがない」
男は真っ黒なパーカーを目深にかぶり、サングラスをかけ、白いマスクをしていた。左手親指の付け根あたりに彫り込まれた『JP DRAGON』のアルファベット文字は、絆創膏(ばんそうこう)のようなテープで覆い隠されている。11月19日朝、フィリピンを拠点に暗躍している不良邦人組織『JPドラゴン』幹部の小山智広容疑者(50)が、マニラ空港から日本に強制送還された時の様子だ。 【画像】「今もメンバーたちはやっている。」…身柄を移された直後の『JPドラゴン』幹部の小山容疑者 あの鋭い眼光は、今も私の脳裏に焼きついている……。小山は今年1月下旬、首都マニラにある日本料理店で現地警察に拘束された。容疑はフィリピン人起業家への投資詐欺だ。その後、入国管理局収容施設へ移送されたため、2月頭、私は現地で小山に面会直撃した。 小山はJPドラゴンのナンバー3とされ、謎の組織についてこう説明していた。 「メンバーは10人ぐらいいるかな。もともとは、フィリピンにきちんと税金を納めている会社だ」 組織の母体は正規の会社だと主張したのだ。社名も口にしたが、フィリピン政府の関係省庁に照会するも実在しなかった。一連の広域強盗事件を起こした『ルフィグループ』の上部組織ともされるが、「そんな関係じゃないよ」と否定する。グループのトップに君臨するのが、徳島県出身のY(54)という男だ。小山が言う。 「Yさんは全然普通の人です。闘鶏をやっています。Yさんは悪党だとか人を殺しているとか言われますが、あり得ない」 Yは20年以上前からマニラの邦人社会では悪名高き″闇の存在″だった。そのYの下にいる小山は、ルフィグループ指示役の今村磨人(きよと)被告(40)が昨年2月に原宿署に勾留中、弁護士を通じてビデオ通話をした張本人だ。その際、今村に「よけいなことは言うな」と口止めしたとされるが、私の取材にはこう弁解した。 「口止めするわけがない。今村には『やったことは認めて素直に警察に言って、しっかりと務めてこい』と伝えた」 小山に対する日本側の逮捕容疑は、’19年4月に発生した窃盗事件だ。警察官を名乗り、東京都内の50代女性に電話をかけてキャッシュカード8枚を受け取り、70万円を引き出した疑いがかけられている。自身の特殊詐欺の話に及ぶと、当時、小山は呆(あき)れたように否定した。 「特殊詐欺なんてやってるわけがない」 フィリピン国内にはこれまで、小山や今村たち幹部ら含め特殊詐欺グループのメンバー数十人が逮捕、日本へ強制送還された。それでもなお、捜査網に引っかからなかった残党が潜伏している。フィリピン入国管理局によると、その数は少なくとも十数人に上る。小山が続ける。 「今もメンバーたちはやっている。名前もやっている場所も知っている。詳しくは言えない。俺が日本に行った時に(司法取引で)警察に話すネタがなくなるから」 ルフィグループとの接点は否定する一方、残党については把握しているという小山。今回、日本へ強制送還されたことで、JPドラゴンや残党の解明、そして弱体化は進むのか。内部事情に詳しい現地在住の日本人男性は、小山がトカゲの尻尾切りに遭(あ)った可能性を指摘し、こう言い切った。 「JPドラゴンに関して言えば、小山の送還では何のダメージも受けていない。そもそも小山は邪魔者だった。掛け子たちからカネを借りまくり、カジノに使っていた。一度、小山をカジノまで迎えに行ったことがある。そんなことやってるから警察に逮捕されたんだよ」 前出のYは、現地警察など捜査当局に強いコネがあるとされるが、小山の拘束時には釈放に向けた「援護射撃」をしなかったとみられる。たとえ小山が日本の警察に告発したとしても、日本の警察の捜査権限が及ばないフィリピンでなら、逃げ切れるとタカを括(くく)っているのだろう。Yを擁護するような発言をしていた小山は今、勾留中に何を思うだろうか――。 ◆「闇バイト」首謀者は今…… 一方、日本では今年4月から10月にかけ、「匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)」による事件に関与したとして、4472人が摘発された。このうちSNSを通じて「闇バイト」に応募したのは4割。一連の犯行の裏には、JPドラゴン始め特殊詐欺グループの残党の影もちらつく。日本の捜査関係者が証言する。 「2年前に相次いだ特殊詐欺事件は、実行犯のスマホデータの解析からではなく、彼らの供述からフィリピンの収容施設にいた今村たちの関与が浮上しました。ところが現在、多発している闇バイト事件からはまだ首謀者が割り出されていません。日本の当局は海外拠点の可能性も視野に捜査を進めています」 フィリピン入国管理局幹部が語る。 「残党は現在も日本を喰いものにしているかもしれない。だが、その潜伏先を特定するのは極めて難しい」 残党は、外務省による旅券返納命令でパスポートが失効するなど、不法滞在の可能性が高い。彼らが生き延びるには何らかの収入源が必要だが、正規の仕事に就(つ)けないため、トクリュウを操って違法行為に手を染め続けるのだろう。 フィリピン側でも捜査は続いているが、やや方針転換が図られているようだ。 「我々は現在、無数にいる残党を摘発するより、ボスであるYの追跡を重視している。具体的な場所は言えないが、フィリピン南部にいるとの情報を入手した」 たとえYを突き止めたとしても、その周辺分子や新たな分子が蠢(うごめ)き始めるだろう。それがフィリピンに巣くう不良邦人たちの”闇”である。(文中一部呼称略) 取材・文:水谷竹秀(ノンフィクション作家) ’75年、三重県生まれ。『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。ロマンス詐欺の最前線に迫った最新著書『ルポ 国際ロマンス詐欺』(小学館新書)が好評発売中 『FRIDAY』2024年12月13・20日合併号より
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