批判逆手に取った「バイデノミクス」中間層重視の新スローガンは有権者に響くか? シカゴで見た熱狂と貧困【2023アメリカは今】
この日の演説でバイデン氏は2兆ドル(約280兆円)規模の企業・富裕層減税を推し進めたトランプ前大統領の経済政策を「失敗だった」と一刀両断。決めぜりふで使うお決まりのささやき声で「バイデノミクスとは『アメリカンドリームを取り戻せ』という別の言い方にすぎない」と言い切ってみせた。 大きな拍手を送っていた聴衆の一人、シカゴ市のマヤ・グリーンさん(45)に話を聞くと「共感できるメッセージで、多くの人に語りかける良い演説だったと思う」と高揚した様子。医療関係の仕事に携わっているといい「食料や医療など弱者への救済策を広げるリーダーはバイデン氏しかいない」と熱弁を振るった。 ▽「オバマケア」では成功 バイデン氏には成功体験がある。副大統領だったオバマ政権時代、公的補助を通じて国民に保険加入を義務付ける医療保険制度を野党共和党は横暴な政策だとして「オバマケア」と名付けて批判キャンペーンを展開した。だが、政権側は低所得者をはじめ幅広い階層へ恩恵がある政策名として活用。現在では、与党民主党の社会保障への積極姿勢を示す重要なキーワードとなった。 バイデノミクスの場合も、当初は米紙ウォールストリート・ジャーナルなどが物価高騰を招いたバイデン政権の経済運営をやゆしたり、批判したりするために用いた。これをバイデン氏は自らの経済政策をアピールする象徴として転用した。
大統領の名前とエコノミクス(経済学)を合わせた造語では、かつても「レーガノミクス」のほか、「クリントノミクス」などがはやった。名字が「n」で終わると語呂合わせが良くなり浸透するとの指摘もあり、経済重視のイメージを打ち出したいバイデン(Biden)氏には渡りに船だったかもしれない。 ▽国民目線アピールも不人気? では、バイデノミクスとは何か。バイデン氏は具体策として(1)米国内での投資促進(2)労働者の権利拡大や能力向上(3)競争促進によるコスト引き下げ―の3本柱を掲げる。 医薬品の価格抑制のほか、チケットや航空券などの手数料削減といった家計負担軽減に取り組み、政権の目線の低さをアピールする。投資促進では既に超党派で老朽化した道路などを整備するインフラ投資法や、半導体投資法などを成立させた。北米製の電気自動車(EV)に優遇策を設け、支持母体である労働組合への目配りも強めている。 ただ、国内投資の拡大や雇用創出などは、与野党問わず総論賛成な政策。説明すればするほど「バイデノミクス」には何もかもが含まれ、結果的に、何でもないスローガンに見えてくる。その原因は、トリクルダウン理論に対して突きつけたはずの「公正さ」の実現がかすんでいるためではないだろうか。経済格差の是正策では、過去2年で言いっ放しになっている大企業や富裕層への増税にとどまり、不十分さが否めない。