【連載 泣き笑いどすこい劇場】第24回「えらいこっちゃ」その3
大事なリズムが崩れたらえらいことなのだ
なにごとも自分が思い描いたように運べば、この世はハッピー。 こんな楽しいことはありません。 でも、現実はそうそううまくはいきません。 むしろ、突如、計算外のことが起こって「あいたーっ」と天を仰いで ピシャリと額を叩くことのほうが多いと言えます。 人生は皮肉に満ちている、と言った人がいますが、そうかもしれませんね。 土俵の周りにもそうしたことがよく見られます。 そんなエピソードを集めました。 題して“えらいこっちゃ”――。 ※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。 【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第3回「背中」その3 後悔先に立たず 何気ないように見えるが、土俵上の力士たちは、自分のリズムをしっかり守って動いている。例えば、時間いっぱい直前の日馬富士は仕切りのとき、まるで腕立て伏せでもするように深い前傾姿勢を取るし、白鵬(現宮城野親方)は時間いっぱいになると小走りで塩を取りに行く。 平成24(2012)年当時、十両で奮闘していた高見盛(現東関親方)のこぶしを握り、数回、力をこめて腕を突き上げる独特の気合入れパフォーマンスは、もう本人にも、ファンにも、なくてはならないものになっていた。この大事なリズムが崩れたらえらいことなのだ。 平成15年夏場所4日目、大関魁皇(現浅香山親方)と対戦した西前頭筆頭の高見盛は、時間いっぱいからのいつもの儀式を、 「まだ時間いっぱい前だ」 と勘違いし、パスしてしまった。 おかげで、パフォーマンスを楽しみにしていたファンは拍子抜けだったが、もっと拍子抜けしたのは当時の高見盛だ。まだだ、と思っていた時間いっぱいを突然、告げられ、慌てて立ち上がったものの、魁皇にあっさり右上手を取られて寄り切られたのだ。心身ともに態勢が整っていなかったのだから、当然の結果と言える。憮然とした表情で引き揚げてきた高見盛は、 「まだ時間前と思った。考え過ぎていたというか、落ち着かなかったというか。明日からはしっかり気合を入れてやりたい」 と、深く反省しきりだったが、この後遺症は深く、初日から3連勝とせっかく好スタートを切ったのに、これ以降、黒星が目に見えて増え、とうとう6勝9敗と負け越した。 月刊『相撲』平成24年10月号掲載
相撲編集部