「少女漫画とは思えない…」天才・川原泉が描いた「心奪われる異色作」と「時代を超える魔力」
■教授が作り上げた実験的な世界に潜む小さな恐怖…『Intolerance... あるいは暮林助教授の逆説』
ほんわかした絵柄の川原先生だが、独特な世界観と哲学的思考が見え隠れする作風から、ファンの間で「カーラ教授」の愛称で呼ばれ、親しまれている。 そんなカーラ教授こと川原先生が「シリアス」とは何なのかを考察した結果が、異色のミステリー作品『Intolerance...あるいは暮林助教授の逆説』(1985年掲載)に込められている。 本作は『花とゆめ』に2号続けて掲載された短編漫画。文学部1年の女子大生・鷹見陸は「顔が気に入らない」という理不尽な理由で、数学科の暮林助教授(※現在の准教授)から数学のレポートを「不可」にされる。 暮林との問答で得体のしれない恐怖を感じた陸だったが、同じ大学の講師・各務俊城とともに暮林の別荘を訪れることに。 タイトルの「Intolerance(不寛容)」や「逆説」だけでもややこしいのに、暮林の一言一句が難解で、主人公とともに多くの読者も「?」を連発することだろう。 そして、ひとりの優秀な男子学生と暮林助教授の妻が消えた謎。これが彼が陸の顔を嫌う要因へとつながっていく。 「桃林の中で一本だけ美味しい実をつけた木の存在」「暮林助教授が行った実験とは?」。かなりブラックなネタを、ゆるっとしたギャグティストでさらりと流し、救いがあるようでないダークさが詰まった作品だ。 川原先生は、同作の前に『ゲートボール殺人事件』(1985年掲載)というほのぼのした推理ものを描いているが、『Intolerance』はどちらかといえばシリアスなサスペンス寄り。物語のあちこちに小さな恐怖が散りばめられているので、実際に読んで確かめてみてほしい。
■渋カッコイイおじさんと苦労人女子高生のラブコメ 『進駐軍(GHQ)に言うからねっ!』
最後は、筆者に枯れたおじさんの魅力を教えてくれた短編読切り『進駐軍(GHQ)に言うからねっ!』(1984年掲載)を紹介したい。 身寄りがなく、清掃員の仕事をしていた女子高生・松浦七緒は、会長令嬢から婚約を迫られていた会社専務・志貴正和がついたウソに巻き込まれてしまう。 令嬢との婚約を回避したい志貴、生活のために節約したい七緒。互いの利益が一致し、七緒は志貴の家でハウスキーパー兼偽装婚約者をすることになる。 川原先生の描く“イケおじ”は年齢以上に枯れていて哀愁漂う感じだが、実は34歳の志貴もまさにそのタイプ。見た目が良く仕事もできる志貴だが、感情の起伏に乏しく、暗いクラシック音楽ばかりを聴いている生活を送っていた。 ふたりのあいだで、たびたび年齢差によるジェネレーションギャップが生じるが、志貴の返答がいちいちネガティブなのが妙におもしろい。たとえば七緒が「伊武雅刀のようなイケボ」と褒めると、実は音痴であることを暴露したり、女子高生の七緒がからかって「おじさん」と呼ぶと、自ら「おじさんは」と言ったりするなど、だんだんと志貴が愛おしくなってくるのだ。 恋愛の結末をはっきり描くことが少ない川原先生だけに、本作も曖昧な感じのハッピーエンドで終わっている。だが、読者としては、しっかり幸せを感じられる終わり方なのが不思議である。 今回紹介した3作品以外にも、川原泉先生の傑作はまだまだある。『甲子園の空に笑え!』に登場した広岡が女性プロ野球チームの監督として活躍する『メイプル戦記』(1991年より連載)は、前作にハマった読者におすすめ。 ほかにも奇跡のフィギュアスケート漫画『銀のロマンティック…わはは』(1985年掲載)、夜中に男子学生がカーテンをドレスに見立てて踊る『月夜のドレス』(1984年掲載)などは、いずれも見逃せない作品だ。 シュールながらも妙に説得力のある展開で、ほっこりさせられて惹かれる……それこそが川原泉作品の魅力なのかもしれない。
高塔琳子