「田舎暮らし」の断片(3)── 「土地」というでっかい画用紙に夢を描く
「とりあえず土地だけ買ってみたら」
そうして訪ねてきた人に村の土地を案内しているうちに、3人に1人くらいが実際に土地を購入するという、村始まって以來の「メガヒット」(地元不動産屋さん談)になった。そして、デザイナーの経験を生かして土地購入者の家の基本設計をしてみると好評を博し、続々と依頼が舞い込むようになった。 この3年間で友枝さんが原村の土地を案内したのは約150家族で、実際に売れたのは約50区画だ。そのうちの15区画には、既に家が建っている。定住しているのはさらにその5分の1の3家族で、残りは別荘利用。その中には将来の定住を見据えている人も多い。来春の雪解けを待って、さらに6棟が着工する予定だ。これらの人たちのほとんどは、40代、50代の現役世代だという。 一方、古くから村に別荘を持つ人の大半はリタイア組だ。「そうした人は暇もお金も経験もある。僕が世話をするまでもないでしょう」と友枝さんは笑う。逆に20代・30代の若者たちは目の前の生活を維持するのに精一杯。まだ「田舎暮らし」を考える余裕がない。そんな事情から、友枝さんの周囲には自然と自身と同じ中年世代が集まったというわけだ。 中にはもちろん、「田舎暮らし」の相談には来るものの、実行に踏み切れない人も大勢いる。やはり移住後の仕事に不安を感じる人がほとんどだという。「そういう時、僕は『踏み切らなくてもいいよ、とりあえず土地だけ買ってみたら』とアドバイスするんです。田舎の土地は軽自動車一台分くらいの値段で買えるんだから、手に入れてからどうするか考えればいいと」 土地だけ持っていて、都会のアパートで「山に行けばでっかい土地があるんだ」と悦に入るのもいい。やがてその上に小さな小屋を建てて、週末のコテージとして通っても良いだろう。定住したければ、少し頑張って大きな家を建ててみよう。賃金が下がることや職種の変更を覚悟すれば、仕事はある。そんなふうに、予算とライフスタイルに応じた無限のオプションがあると、友枝さんは言う。 「頭の中で夢想しているだけでは、その夢は明日になると消えてしまう。でも、『土地』という画用紙があれば、夢は明日も残るし、消すことだってできる。300坪のでっかい画用紙を買うという感覚で、描きたくなった時にそこに線を描けばいいんです」。逆に理屈っぽいアーティストや学者肌の人ほど踏み切れないのものだと、友枝さんは言う。