フィリピン戒厳令1か月超 アジアで新たな拠点構築進める「イスラム国」
アジアで大規模テロが起きる前に根を断つ
ISがフィリピン国内に拠点をつくり、イラクでしてきたように、カリフ国の建国宣言でも行ったら大変なことになります。ISが一定地域を占領すれば、住民を力で服従させるために残虐の限りを尽くすでしょう。また、これまでのように全世界から戦闘員が集まってきて泥沼の戦いが何年も続き、フィリピン南部に有志連合の戦闘爆撃機が飛んできて猛爆撃するようになるかもしれません。ISは、話し合いで問題を解決するような組織ではありません。当然、アジアの近隣国、日本、韓国、中国までもテロの脅威にさらされる恐れがあります。ドゥテルテ大統領の脳裏には、こうした悪夢がよぎったことは間違いないでしょう。脅威の根は今のうちに刈り取っておかなければなりません。 5月に戒厳令が布告されて政府軍も大量に兵力と武器を投入し、強気に戦闘を展開していますが、なかなかマウテとISを壊滅させることができず、政府軍側にも焦りの色が見えるようになりました。ISの戦士はこれまで何年も実戦を経験してきた猛者ばかりですので、戦術に長けていることは事実でしょう。戦闘に参加している政府軍関係者によれば、マウテ・IS側の戦闘員はよく組織され、粘り強く戦っているとのことです。さらに、ISは、地元住民を盾に使い、幼い子供を戦闘員に組み込んでいるといわれますので、政府軍はなかなか強行突破もできないのです。
イスラム系住民の不満や政情不安定さ狙う
ISという一筋縄ではいかない強靭なテロ組織がフィリピンを新しい拠点候補に選んだのはなぜでしょうか? ISは、フィリピンに進出する前、インドネシアに拠点を構えようと画策し、自爆要員を送り込んでテロを起こしたりしました。しかし、ジョコ・ウィドド政権のテロ対策が奏功してISの思惑通りには事が運ばず、その矛先をフィリピンに変えたという経緯がありました。インドネシアとフィリピン南部は、状況の相似性から対で考えれば良いと思います。また、東南アジアでは、ムスリム人口が多くイスラム過激派が支援を受けやすいのは、フィリピンが北限になっています。かつてアルカイダも、フィリピンまでは影響力を拡大することができました。 インドネシアの次にフィリピンが狙われた理由としては、上述のように、(1)ISに忠誠を誓っている組織が複数存在すること、(2)多数派のキリスト教徒に比べイスラム系の住民は概して貧困に苦しめられ、政治面、社会面、宗教面でも不満を抱えている、(3)国内に分離・独立運動が存在し、常に政情が不安定、などが考えられます。さらに、フィリピンの特徴として注目すべきことは、同国の地理的特殊性があります。特に南部ミンダナオと同じイスラム圏のマレーシア、インドネシアのとの間の海上国境線が極めて複雑で、麻薬密輸、海賊などの犯罪の巣窟になっているほか、外国人テロリストも武器を携行して自由に国境を行き来できるという点です。 現時点では、政府軍は苦戦を強いられながらも、大統領のプライドを満たすためにも単独での事態収拾を考えているようですが、周辺国に対するISの潜在的な脅威を考えれば、国際社会全体の問題として対処する必要があるでしょう。 -------------------------------------- ■安部川元伸(あべかわ・もとのぶ) 神奈川県出身。75年上智大学卒業後、76年に公安調査庁に入庁。本庁勤務時代は、主に国際渉外業務と国際テロを担当し、9.11米国同時多発テロ、北海道洞爺湖サミットの情報収集・分析業務で陣頭指揮を執った。07年から国際調査企画官、公安調査管理官、調査第二部第二課長、東北公安調査局長を歴任し、13年3月定年退職。16年から日本大学教授。著書「国際テロリズム101問」(立花書房)、同改訂、同第二版、「国際テロリズムハンドブック」(立花書房)、「国際テロリズム その戦術と実態から抑止まで」(原書房)