生成AIは子供の思考や気付きを広げるツール、「問う力」と「見極める力」を育むベネッセの視点とは
株式会社ベネッセホールディングスは、2024年12月17日に、「教育現場における生成AI活用の効果と課題」をテ―マにした記者説明会を開催した。登壇者は、ベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンター長の小村俊平氏、同主任研究員の庄子寛之氏、株式会社ベネッセホールディングス Digital Innovation Partners データソリューション部 部長の國吉啓介氏。 【画像】ベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンター長 小村俊平氏 文部科学省が「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」を発表したことを機に、生成AIの活用検証が進んでいる。生成AIパイロット校を中心に実証実験が行われ、授業や校務の効率化に貢献する一方、リテラシーや理解の違いによる学校間格差や、家庭での利用に対する賛否など、課題も浮かび上がっている。同社は、生成AIの教育活用に関する研究や実践から得た知見と今後の課題について、記者説明会で発信した。 ■ 大切なのは生成AIに問う力と「創造・実現したい」と思う意欲 小村氏は冒頭、日本の教育の課題として「児童生徒の多様化と教員の負担増」を挙げた。 特に、コロナ禍以降に不登校・不登校傾向の児童生徒数が増加したほか、特別支援教育や日本語教育などの多様なニーズを必要とする児童生徒が増えたことを背景に、教員の個別指導が難しくなっている現状を指摘。生成AIは教員の業務負荷を削減し、児童生徒の学習の質を向上するための強力なツールとなると述べた。 そのうえで、教員と児童生徒、それぞれの立場から期待できる具体的な活用法を紹介した。 また、小村氏は、生成AIを教育の現場で効果的に活用するには、児童生徒の情報モラル教育や高度に使いこなすための資質能力の育成が不可欠で、社会全体で議論を深めていく必要があると強調。なかでも、生成AIを使う前後で「問う力」と「見極める力」の重要性を示した。 問う力とは、「プロンプトエンジニアリングのスキル」や「生成AIに何を投げかけるかのセンス」と小村氏は話す。教育現場では、とりわけ「何を作りたい・実現したいのか」という意欲を引き出すことが大切になるという。また、生成結果について真偽を見極める見識・倫理感・感性・専門知識を育む必要があるとした。小村氏は、それらの項目が教育指導要領に盛り込まれることに期待を寄せている。 さらに、小村氏は、生成AIを授業で使う場合の注意点として、利用が「適切でないと考えられる例」と「活用が考えられる例」を紹介した。 適切でない例は、情報モラルや活用能力が育っていない段階での利用のほか、読書感想文やコンクールなどで、生成AIによる生成物をそのまま自己の作品として使用すること、また、創作・表現・鑑賞など、感性や独創性を発揮させたい活動での利用や、教員が答えるべき場面で安易にAIに回答させることの4つだ。 一方、活用が考えられる例として、誤りを含む生成AIの回答を教材としてAIの性質や限界を生徒に気付かせる活動のほか、グループの考えをまとめたり、アイデア出しで足りない視点を見つけて議論を深める目的で利用、英会話でより自然な発音を習得するのに利用、生成AIを用いた高度なプログラミングが挙げられた。 ただし、教員が答えるべきことを生成AIが代わりに示すこともあるほか、生成AIをWeb検索と同様に「普段の道具」として利用することを否定するものではない。創作内容をブラッシュアップするために生成AIを利用する方法もあるだろう。 ■ 「転入生」として生成AIを使う、道徳の授業実践 小学校教員の経歴を生かし、全国で生成AIを活用した授業を行う庄子氏は、小学6年道徳「友達を思う気持ち」の実践を交えながら、教員に求められる役割と、授業で活用する際の大切な視点を説明した。 授業で使用した教材は、「ロレンゾの友達」。事件に巻き込まれた少年・ロレンゾに対する、登場人物3人の行動を考察し、「友情」について話し合う内容だ。 実践発表に際し、「『生成AIを使った授業』ではなく、『授業の中に生成AIをどう組み込むか』という視点が大切」だと語る庄子氏。 授業では、児童が考えて話し合う時間を取った後に、異なる意見を述べる第3者として生成AIを登場させた。「3人の登場人物のうち、誰に一番共感するか」というアンケートで、2人に投票が集中したため、残り1人を支持する理由をChatGPTに投げかけ、新たな視点を投入。その結果、1回目とは違う投票をする児童もいたという。 授業の後半には、「真の友情とは何か?」という問いに対する回答を、Google Formで集計。その結果をChatGPTに問いかけ、児童の思考を深めるフィードバックを行った。児童からは「生成AIは語彙が豊富で、人を納得させる回答ができる。それを真似しながら授業を受けてみたい」という感想が上がっていた。 こうした実践を通し、庄子氏は「生成AIを学級の中に新しい視点を与える『転入生』として使うと、子供たちの思考が広がるきっかけにつながる」とする一方、「生成AIの考えが必ずしも正しいとは限らないことや、日常生活で使う際の注意点をしっかりと伝えることが重要」と補足した。 生成AIの普及に伴い、「教員には、ファシリテーターとしての役割がより求められるようになる」と庄子氏。学びの個別最適化が進むなか、1人ひとりの児童が何につまずき、求めているのか、発展的な問題の提示を含め、それを見定めるための準備が必要になってくる」と述べ、今が教育の転換期であることを示した。 ■ 1人ひとりの学びの質を高めるためのサービスを拡充 株式会社ベネッセホールディングス Digital Innovation Partners データソリューション部 部長の國吉啓介氏は、生成AIが教育の現場に与える影響について、自社の学習支援サービスの事例を振り返りながら、今後の展望と課題について述べた。 同社では、これまで進研ゼミの会員に向けて「チャレンジ AI学習コーチ」や、小学生親子向け生成AI「自由研究お助け AI」を提供してきた。國吉氏は、これらのサービス開発において、より教育効果を高めるために行ってきた取り組みを紹介。「これからは、AIをうまく活用し、共創しながら課題に向き合う時代」だと語り、今後は、全国の高等学校向けに進路進学検討を支援する「キャリアナビ」や、英語学習を支援する「GELP(ジェルピー)」の提供を加え、1人ひとりの学びの質を高めるサービスを拡充していく意欲を見せた。 教育現場で生成AIの試行錯誤が続くなか、利用を不安視する声もいまだ少なくない。「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」は、まもなく改訂版が公開される見込みだが、生成AIに関する不安やリスクなどの懸念ではなく、「ここを押さえれば大丈夫」というベースラインを示すことが、活用の後押しにつながる。今後の動向に注目したい。
こどもとIT,本多 恵