J-POPに潜む夏目漱石
明治から大正にかけて『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『三四郎』『それから』『こゝろ』『明暗』をはじめ近代日本文学の名作を生み出し、1984年11月から2007年4月までは「千円紙幣」の肖像にもなった文豪、夏目漱石。1916年(大正5年)の12月9日に亡くなるまで、小説家のほか、評論家、英文学者、教育者など幅広く活躍しました。その文豪・夏目漱石について歌詞で触れている楽曲をいくつかピックアップしていきましょう。 まずは、桑田佳祐の「声に出して歌いたい日本文学 」から。2009年12月に桑田の12作目のシングル「君にサヨナラを」(写真)のカップリング曲として発表され、桑田とユースケ・サンタマリアがホストを務める音楽バラエティ番組『桑田佳祐の音楽寅さん ~MUSIC TIGER~』の企画で制作。タイトルに“メドレー”とあるように、中原中也『汚れつちまつた悲しみに』を皮切りに、太宰治『人間失格』、樋口一葉『たけくらべ』、芥川龍之介『蜘蛛の糸』、宮沢賢治『銀河鉄道の夜』などの近代の日本文学作品を引用し、夏目漱石は『吾輩は猫である』の有名な冒頭のくだりを取り上げています。約18分40秒にもなる長さはもちろんのこと、それぞれの文学作品をイメージした桑田のメロディやアレンジのセンスが光る一曲となっています。同曲はシングル「君にサヨナラを」のほか、ベスト・アルバム『I LOVE YOU -now & forever-』でも聴くことができます。 GAKU-MCは、2009年の4枚目のアルバム『世界が明日も続くなら』にて「月が綺麗です」を発表。夏目漱石の英語教師時代に“I love you”を“我君を愛す”と訳した生徒に対して「〈月が綺麗ですね〉とでも訳しておけばよい」と答えたという逸話(それが本当かどうかは不明)をモチーフにした歌詞をサビに配置しています。同曲はベスト・アルバム『THE BEST "GRADATION"』にも収録されています。 “すみぺ”の愛称で人気の声優 / 歌手の上坂すみれは、2016年1月リリースの2枚目のアルバム『20世紀の逆襲』にて「全円スペクトル」を発表。BUSTED ROSEの吟が手掛けたこの曲では、“夏目漱石の本に 水筒、オニギリは鞄に詰めたよ”とまだ見ぬ世界や夢へ向かう旅の“お供”として漱石の本を挙げています。 漱石を文学的にとらえた歌詞もあれば、そうでないアプローチのものもあります。大森靖子は「5000年後」という楽曲のなかで、自販機に1000円札がうまく入ってくれない状況を“夏目漱石が睨んでいる”と歌っています。同曲は2018年7月リリースのアルバム『クソカワPARTY』の魔法陣“マジックダイレイター”盤に収録。生活密着型ミクスチャー・メタル・バンドの打首獄門同好会は、一万円札が敷き詰められたジャケットが目を惹くアルバム『獄門のすゝめ』において、「カモン諭吉」なる楽曲を発表。財布にあったはずの(一万円紙幣に肖像として描かれた)福沢諭吉がいつの間にか出て行ってしまった嘆きと戻ってきてほしい願いを連呼するなか、同じく紙幣の肖像に描かれた漱石や樋口一葉、野口英世、新渡戸稲造にも触れるなど、“夏目漱石=千円札=お金”としてとらえる曲も少なくないようです。 言葉遊びのラップを駆使することでも知られるm-floは、2000年2月にリリースした記念すべき1枚目のアルバム『Planet Shining』のタイトル曲「Planet Shining」にて漱石に言及。LISAとVerbalがマイクリレーするなかで、Verbalが“夏目漱石 international 教師ミネストローニ”とクールにフロウしています。 最近では、男女混合4人組ロック・バンドの三四少女(さんすーがーる)が、2024年11月に1枚目のアルバム『恋してる・コンティニュー』をリリース。その収録曲のうち中国語と英語と日本語のトリリンガルソングとしてバズった自己紹介的な楽曲「たのしいさんすう」にて、“夏目漱石とそれからそれから”というフレーズを歌っています。 邦楽シーンにおいて、さまざまな形で取り上げられる夏目漱石の“歌”を、命日に聴いてみるのも楽しいかもしれません。