追い込み漁でのイルカ入手が禁止 問われる水族館のあり方 井田徹治
水族館で飼育するイルカを巡り、日本動物園水族館協会は5月末、和歌山県太地町で行われている追い込み漁による入手を禁止した。環境ジャーナリストの井田徹治氏は、「事態の背景には、水族館のあり方についての日本と欧米との大きなギャップがある」と指摘する。いったい、どのような違いがあるのか。井田氏に寄稿してもらった。 ------------- 和歌山県太地町の追い込み漁で捕獲したイルカを水族館が入手しているのは倫理規定に違反するなどとして、日本動物園水族館協会(JAZA)が世界動物園水族館協会(WAZA)から会員資格を停止された。WAZAからの脱退か、会員施設による追い込み漁イルカ入手の禁止を迫られたJAZAが出した答えは、イルカ漁を禁止し、WAZAに残留することだった。新たにイルカを入手する際は、原産地証明など追い込み漁によるものではないと証明する書類を提出するよう、会員施設に義務付け、追い込み漁で捕獲したイルカを購入した場合、除名を含めた処分をするという厳しい方針で臨む。 WAZAの強硬姿勢には例によって「イルカが賢くて可愛いという欧米の価値の押しつけだ」とか「伝統文化であるイルカ漁の否定だ」といった感情的な反発の声があちこちから上がっている。確かに欧州を中心とするJAZAの姿勢への批判の中に、日本のイルカ漁への感情的とも言える反発があることは否めないが、事態の背景には、イルカ漁をめぐる考え方の違いだけでなく、水族館のあり方や野生生物のショーへの利用に関する認識についての、日本と欧米との大きなギャップがあることを忘れてはいけない。問われているのはむしろイルカ漁ではなく、日本の水族館のあり方なのだ。
JAZAは自らの目的として、種の保存、教育・環境教育、調査・研究、レクリエーションの四つを掲げている。だが、イルカなどの動物ショーやクロマグロなど「珍しい」生物の飼育といったレクリエーション中心の経営を長年続けている日本の水族館は、欧米の先進的な水族館に比べ、最初の三つに関する取り組みは遅れている。 シャチのショーで有名だったカナダのバンクーバー水族館は2001年、シャチの飼育を中止。その一方で、シャチをはじめとする海洋ほ乳類の調査研究に多額の資金を投じ、園内の環境教育プログラムを充実させている。2005年からは持続可能なシーフード普及のための”Ocean Wise” というプログラムを実施し、魚の乱獲防止などに関する普及啓発活動に力を入れている。モントレー水族館も、漁業資源の乱獲防止と持続可能な漁業の実現に真剣に取り組んでおり、環境保護団体と協力して作成し市民向けの持続可能なシーフードガイド”seafood watch”で有名だ。フロリダ水族館は Center for Conservation(生物保全センター)という組織がつくり、研究や地域の環境教育に力を入れている。 海の生物多様性や環境保全にとって重要な乱獲や漁業資源の危機について、日本でこんなプログラムを持っている水族館があるだろうか。クロマグロの大型飼育水槽や飼育下のマグロの大量死で大きな注目を浴びた葛西水族園からは、クロマグロの絶滅危惧に関する情報やマグロ乱獲の問題、日本人の大量消費の問題など「クロマグロの種の保全」に関する情報はまったく出てこない。飼育と大量死のことにしか興味を持たないメディアにも問題があるが、これが、日本を代表するパブリック水族館の現状だ。 イルカについても、国際的な保護活動も実らず絶滅が宣言されたヨウスコウカワイルカの例、漁網への混獲などによって個体数が急減したメキシコのバキータや、メコン川のイルカ、ニュージーランドのセッパリイルカなど、生物種の保全や環境教育の観点から水族館が発信すべき情報は少なくないはずなのだが、これらのことを知ることができる水族館は日本には少ない。