死刑確定事件の真相に迫る衝撃のドキュメンタリー映画『マミー』公開!! 26年目の「和歌山毒物カレー事件」を追ったひとりの監督の執念
■報じることを拒む力 映画の軸となるのは、母の無実を証明しようと行動する長男の存在だ。彼が自身の書籍などで語ってきた〝その後〟の人生は、児童養護施設での苛烈ないじめや結婚の破談、身元が知られたことによる解雇など、壮絶そのものだ。 ほかの3人の子たちは映画で直接語ることはないが、21年6月には長女が子供を連れて飛び降り自殺をしている。この社会で、これほど重い烙印を背負って生きることの困難は、想像を絶する。 長男をこの映画の主役とするならば、もうひとりの主役といえるのが、二村監督自身だろう。例えば長男と監督は、和歌山市内に残っていた家屋の床板を剥がし、シロアリ駆除剤として使われたヒ素のサンプルを採取している。その測定分析では、林家にあったヒ素と同じ中国起源のものであることが判明した。 スプリング8での科学鑑定は、「事件当時にカレーに入れられたヒ素を持っていたのは林夫婦だけ」という前提条件が崩れれば、そもそも成立しない。 「冤罪の可能性を示す根拠が数多く出てきているのに再審請求が棄却される状況は明らかにおかしいと思うようになっていました。相当に有力な根拠を見つけなければならないと、僕自身も徐々に追い込まれていたように思います」 そして、膠着した状況を動かそうと取った監督のある行動は、映画の存立さえも揺るがすことになるのだが、それほどまでに〝確定〟した事件の再検証を阻む壁は厚い。 しかし、眞須美が犯人と断定された捜査と司法プロセスに、疑義を投げかけるジャーナリストや記者はほかにもいる。にもかかわらず、テレビや主要紙がこの事件を取り上げることはほぼ皆無だ。 「ある若い新聞記者から、『実は僕もこの問題を記事にしたいんです』と言われたことがあります。しかしデスクからは『この記事は出せない』と言われるのだ、と。 でも、当時取材していたマスコミ各社には、後追いの僕には知りえない大量の情報があるはずです。再審請求が通ってこの問題を報じられるようになれば、一気に検証が進む可能性があります。 当然のことながらこの映画だけで再審請求に大きな影響を与えられるとは思っていませんが、動かなくなってしまった状況を揺り動かすきっかけになれば、と願っています」 例えば1966年に起きた静岡一家4人殺害事件、いわゆる「袴田事件」では、80年に被告の死刑が確定したものの、昨年から今年にかけて再審が行なわれている。これは死刑が確定した事件の再審としては戦後では5件目となる。 ほかにも94年6月に起きた「松本サリン事件」では、自身も事件で妻を亡くした第1通報者が重要参考人とされたことから、報道陣がその人の自宅に押しかけ、連日のようにカメラとマイクを突きつけていた。 「地下鉄サリン事件」により、松本の事件がカルト教団による同時多発テロのリハーサルであったことを私たちが知ったのは、その翌年のことだった。 無実かどうかではなく、再検証の必要すらないのかどうかを、まずはスクリーンで確認してほしい。 ●二村真弘(にむら・まさひろ) 1978年生まれ、愛知県出身。日本映画学校(現・日本映画大学)で学び、2001年からドキュメンタリージャパンに参加、11年からフリーランスとしてテレビ番組の制作を手がける。携わった番組は、講談師・神田松之丞の真打昇進、六代目神田伯山襲名までの半年を追った『情熱大陸/松之丞 改め 神田伯山』(20年、MBS)、わが子が不登校になったことをきっかけに学校のあり方、家族のあり方を描いた『セルフドキュメンタリー"不登校がやってきた"』シリーズ(21年~、NHK BS1)ほか多数。 取材・文/柳瀬 徹 撮影/村上宗一郎 ©2024digTV