死刑確定事件の真相に迫る衝撃のドキュメンタリー映画『マミー』公開!! 26年目の「和歌山毒物カレー事件」を追ったひとりの監督の執念
■「最先端の科学鑑定」への疑問 こうして事件取材の経験がない映像作家は、新宿発和歌山行きの夜行バスに何十回も乗ることとなった。コロナ禍で宿代が安かったとはいえ、およそ3週間もの長逗留を、作品公開のあてもないまま繰り返す。しかも地域の住民にとって事件の話はタブーにほかならない。映画前半では、取材を断られるシーンが続く。 「これまでのテレビ番組の取材では、話を聞くことを拒否された経験がなかったので、門前払いが続くのは精神的にキツかったですね」 取材を始めるにあたって監督が自らに課したのは、長男を「気の毒な死刑囚の息子」として扱わず、あくまでも事件の一関係者として接することだったという。 「この事件の取材では、基本的に誰も信じないという姿勢で臨みました。仮に冤罪を前提にして取材を進めると、異なる立場の人が話してくれなくなると思ったんです。 例えば眞須美さんの弁護団に『冤罪の可能性について知りたい』と取材を申し込むと、『可能性じゃなくて、冤罪なんだよ』と返ってくる。だけど取材者が同じ立場に立ってしまえば、眞須美さんを犯人だと決めつけた報道の裏返しをしているに過ぎません。あくまでも見聞きしたことから判断しようと、常に自分に言い聞かせていました」 死刑が確定した09年の最高裁判決で重要な根拠とされたのは、科学鑑定だった。鑑定に使われたのは事件の前年に完成した放射光施設「スプリング8」、兵庫県の小高い丘にそびえる理化学研究所の巨大施設だ。 林家や親戚宅、友人宅から見つかったヒ素と、夏祭り会場に捨てられていた紙コップに残されていたヒ素が同じ起源を持つことが〝証明〟されたことは、スプリング8への注目も相まってセンセーショナルに報じられた。 しかし映画の中では、分析化学の専門家によって鑑定に複数の不備があることが指摘される。その研究者の論文などを根拠に、弁護団らによる計3回の再審請求も行なわれている。 さらには眞須美の犯行を裏づけたとされる複数の近隣住民の証言についても、映画ではいくつもの疑問点や矛盾が挙げられていく。 そもそも、この事件の捜査や裁判では、彼女がカレーの鍋にヒ素を入れた動機が解明されていない。さらにいえば、有罪の根拠とされた証拠のほとんどは、状況証拠でしかない。 捜査陣の焦りと、警察からリークされる情報に踊らされたメディアの過熱が日本中を巻き込み、ついには当時の最先端科学までを動員する〝魔女狩り〟的状況を生み出したのではないか。そう考えるに足るいくつもの不可解さが、この事件には残されたままになっているのだ。