英大家の真価知る1枚 【コラム 音楽の森 柴田克彦】
イギリスの作曲家ベンジャミン・ブリテンの作品を収めた興味深いCDがリリースされたので、ご紹介したい。作品は「シンフォニア・ダ・レクイエム」「春の交響曲」「青少年のための管弦楽入門」の3曲、演奏はサー・サイモン・ラトル指揮/ロンドン交響楽団で、「春の交響曲」には3人の独唱と合唱および児童合唱が加わっている。 ブリテンは20世紀イギリスの代表格だが、日本での認識が高いとは必ずしも言い難い。本盤はそんな大家の真価をより深く知り得る1枚だ。 1955年イギリス生まれのラトルは、2002年から18年までドイツのベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の芸術監督を務めた現役最高の指揮者の一人。1994年には30代の若さでナイト(サー)に叙されている。ロンドン響は、イギリス五大オーケストラの頂点に立つ世界屈指の名楽団。ラトルは2017年から23年まで同楽団の音楽監督を務めており、本盤もこの在任中に録音された。 つまりこのディスクは、イギリス出身のトップ指揮者が、イギリス最高峰の楽団を振って、イギリスを代表する作曲家の名作を収録した、極め付きの1枚である。 冒頭の「シンフォニア・ダ・レクイエム」は、日本の皇紀2600年(1940年)の奉祝曲として作曲されたものの、題名や内容から式典での実演が見送られた、いわくつきの作品。第1楽章「涙のその日」の出だしからすさまじい緊迫感に圧倒される。第2楽章「怒りの日」まで痛烈な音楽が続き、第3楽章「久遠(くおん)なる平安を」の叙情味が大きな対照を形成。迫真的で緻密なこの演奏はインパクト十分だ。 次の「春の交響曲」(1949年作)は、冬が去り、春が来て、自然界が徐々に目覚める様子を描いた作品。ここでは、声楽陣の精妙かつ力強い歌声と見事なオーケストラ演奏が相まった、瑞々(みずみず)しい好演が展開される。 最後の「青少年のための管弦楽入門」(1945年作)は、教育映画の楽器紹介用に書かれた作品。17世紀の作曲家パーセルの主題を用いた明快な内容から、ブリテン作品の中ではポピュラーな1曲となっている。各楽器がパートごとに登場するこの曲が、ロンドン響の機能性発揮に最適であるのは自明の理。実際、巧緻な変奏をはじめとする名手たちの妙技が続き、中でもイギリス特有のブリリアントでノーブルな金管楽器の響きが耳を奪う。しかも本演奏では、楽器の特性を理解しながら、曲の意外に細かな作りを感知できるし、各楽器が順に参加する終盤のフーガの鮮やかさにも感嘆させられる。 そして、第2次世界大戦前後に書かれた3曲の名演奏を聴くと、現世における各曲と本ディスクの存在意義を痛感せずにはおれない。 【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 38からの転載】 柴田 克彦(しばた・かつひこ)/ 音楽ライター、評論家。雑誌、コンサート・プログラム、CDブックレットなどへの寄稿のほか、講演や講座も受け持つ。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)、「1曲1分でわかる!吹奏楽編曲されているクラシック名曲集」(音楽之友社)。