袴田さん58年訴えた「無罪」なるか(下) 「あなたも当事者に」「姉弟の奇跡」。再審判決を前に、3人の思い
取材を始めた頃、袴田さんは再審請求中だったが動きがなく、世間の関心は乏しかった。直後に初めて会った姉ひで子さん(91)はもの静かで心細そうだった。袴田さんが家族に宛てた手紙を見せてもらった。黄ばんだ紙から家族を思いやる姿が垣間見え、興味がさらに湧いた。 袴田さんは拘禁反応のため、ひで子さんとも面会が難しくなっていた。過去に面会した人に会い、別の死刑囚が袴田さんについて記した手紙を取り寄せた。愛知県のテレビ局へ転職をしてからもひで子さんのもとに通った。 2014年3月、静岡地裁が再審請求に対する決定を出す日は仕事の休みを取った。逮捕から48年ぶりに袴田さんの釈放が決まり、ひで子さんらと東京拘置所に迎えに行った。黄色いシャツを着た袴田さんは「よいしょ」と言って車に乗り込んだ。休憩のため地下駐車場に車を止め、姉弟は外に出てアクリル板を介さずに向き合った。この日のひで子さんはうれしそうとか、笑顔とか一言では表せないほど神々しかった。
それまで会えなかった袴田さんの実像を知りたくて、フリーになり浜松市に移り住んで取材を続けた。釈放後、拘禁反応のため家の中を歩き回るなどしていた。今はこうした行動はなくなったが、妄想の世界の中にいることは変わらない。取材を始めて22年。カメラを回した時間は400時間を超えた。 2人が元気なうちに無罪となれば、袴田さんの生命力とひで子さんの信じ抜く力が生んだ奇跡。今、撮りためた映像で「拳(けん)と祈り―袴田巌の生涯―」という映画を製作している。公開は10月の予定で、今度の再審判決を最後のシーンとするつもりだ。多くの人に過酷な運命を生きた2人の姿を見て、元気と勇気をもらってほしい。 【(上)はこちら】袴田さん58年訴えた「無罪」なるか 9月26日判決、長年死刑におびえ拘禁反応今も