日本人がん患者の遺伝子変異の全体像判明 国立がん研が初の5万人ゲノム異常解析
がんの種類で大きな差
国立がん研究センター研究所によると、研究チームは2019年6月~23年8月の間、がんゲノム情報管理センターに集まった4万8627例を解析した。がんの部位では大腸、膵臓(すいぞう)、胆道などが多く含まれていた。 解析の結果、治療薬の標的となる遺伝子変異があったのは全体の15.3%だった。26のがん種類別では甲状腺がんが85.3%で最も高く、以下乳がん60.1%、肺腺がん50.3%が続いた。甲状腺がんは多様な薬が開発されていることが背景にあるとみられる。一方、治療薬が見つかりにくいと言える変異の割合が低かったのは唾液腺がん、脂肪肉腫、腎細胞がんでいずれも0.5%未満。がんの種類によって大きな差があることも明らかになった。
同研究所によると、これまで欧米のデータを分析した研究はあったが、日本人を対象にしたのは初めて。今回、日本人に多い胆道がんや胃がん、子宮頸(けい)がんも解析対象に含まれた。米国白人のデータとの比較では、治療薬の標的となる遺伝子変異などが見つかった症例割合は約3分の2だった。 これらの結果について研究チームの同研究所の片岡圭亮・分子腫瘍学分野長(慶應義塾大学医学部内科学教授)らは効果的な治療薬が少ない膵臓や胆道などの難治がんが解析対象に多く含まれたためとしている。
治療薬開発の促進が急務
厚生労働省は2019年12月に適切な治療薬にたどり着けたがん患者はわずか約1割だったと発表している。同省は同年10月末までに134の病院で遺伝子パネル検査を受けた患者805人を対象に調べたところ、薬が見つかったのは88人(10.9%)だった。 この結果は、国立がん研究センター研究所が行った今回の解析で判明した「治療薬の標的となる遺伝子変異があったのは全体の15.3%」の数値と近い。厚労省調査の対象がん種の詳細は不明だが、いずれにせよ、がんの投薬治療はまだ適切、効果的な治療薬が見つかりにくいという現在のがん医療の大きな課題が浮き彫りになった形だ。同研究所の片岡分野長も日本人のがんゲノム異常の特徴から日本人に多い難治がんなどのがん種での治療薬開発の加速が急務、と指摘している。 国立がん研究センターは遺伝子パネル検査データの解析のほか、さまざまながん患者の遺伝子解析をして多くの興味深い研究成果を発表している。例えば、2023年の3月には、アルコールを代謝しにくい体質の人が飲酒をすると、「スキルス胃がん」に代表される治療の難しい「びまん型胃がん」の発症リスクを高めると発表している。1000人以上の患者のがん組織を遺伝子解析した結果で発症予防や治療法発見につながると期待された。 また、2023年の1月には、大腸がんの手術をした患者の血液を採取、がん遺伝子を調べて再発リスクを判定する方法を発表している。抗がん剤による治療効果は個人差があるとされる。このため、個人ごとの再発リスクの評価は手術後の適切な抗がん剤治療についての判断に有効だという。副作用も少なくない抗がん剤の適切な治療につながる成果だ。