カリスマリーダーが率いる「パーソナル型」組織の長所と短所
■パーソナル型組織の環境と種類 既存の宇宙開発庁や郵便局は、パーソナル型組織とはほど遠い場だ(ただし、これらの組織が危機にさらされている場合は、事情が変わってくる)。政府の官庁などの組織は、中央で権威者がすべてを取り仕切るシンプルな構造ではなく、具体的な形態はまちまちだが、もっと入り組んだ組織構造を採用する必要があるのだ。それよりも、パーソナル型がよく見られるのは、たとえば小売業界だ。この業種では、ひとりの人物が多くの店舗をコントロールし、ひとつの店舗をいくつも複製したようにマネジメントすることが可能な場合もある。こうした小売企業を取り巻く環境はシンプルではあるかもしれないが、環境の変化は激しい場合もある。その点、この種の組織は、ひとりの人間がすべてを決めて号令をかけるので、環境の変化に素早く対処できる。 スタートアップ企業など、新しい組織は概して、パーソナル型組織の形態を採用する。まだ生まれたばかりの組織では、ひとりの人間が組織を前に進めなくてはならないからだ。誰かが人材を採用し、施設を開設し、文化を形づくり、ものごとのペースを定める必要がある。その意味で、起業家的企業はパーソナル型組織の典型だ。強固な意志をもった最高位者の地位に就くのはたいてい、創業者であり、しかも(重要なことに)オーナーでもある人物である。 しかし、パーソナル型組織は、旧来型の営利企業だけに限られるわけではない。同じような組織形態へのニーズは、まだ誕生して間もない「スタートアップ」の政府機関、NGO、そしてあらゆるタイプの社会的事業体でも見られる。また、個人中心のリーダーシップを振るうことを好む人物がスタートアップ的な環境に引き寄せられる面もある。このタイプの人たちは、官僚主義的な窮屈な世界を避けたいと思うものだからだ。 新しい組織が軌道に乗ったあとも、創設者が最高位者として舵取り役を務め続ける間は、この組織形態を維持できるかもしれない。とくに組織の規模が小さいうちは、そのようなケースが多い。直接的な監督により、十分に調整をおこなえるからだ。規模の大きい組織では、これとは異なる組織構造が好まれることが多いが(この点については第8章で論じる)、企業や社会的事業体が創設者の指導の下である程度規模が大きくなったあとも、全員がその人物の指示を仰ぎ続けるケースは少なくない(このほかの調整のメカニズムも細々と実践されるかもしれないが)。以前、ウォルト・ディズニー社のある人物が私に語ったところによると、創業者のウォルト・ディズニーが死去して何年も経っているにもかかわらず、同社では社内の意思決定の際に「ウォルトだったら、どうする?」と考えているとのことだ。 スタートアップ段階の組織だけでなく、危機に見舞われている組織でも、パーソナル型の形態が見られる。素早く一元的な対応を取る必要に迫られている状況においては、ひとりの人物が中心に陣取り、その人物が号令を発する仕組みほど、適切な構造はないだろう。既存の組織が難局に陥った場合、窮地を抜け出すための「事業再生」(ターンアラウンド)の一環として、シンプルな組織構造に回帰することがよくある。確立されている手続きを一時停止し、結束を固めて、ひとりの人物が責任を担い、混乱を断ち切り、文化を再建し、戦略の焦点を取り戻すためだ。ときに、その役割を担うのは、引退した創業者の場合もある。過去には、アップル、デル、スターバックスなど、大企業に成長した元スタートアップ企業でそのようなケースが見られている。起業家の仕事は、ほかの人にはまねできない、ということらしい。 ■パーソナル型組織の長所と短所 本書『ミンツバーグの組織論──7つの類型と力学、そしてその先へ』で紹介する4つの組織形態は、いずれも素晴らしい長所をもっている半面、組織の力を奪う短所ももっている。そして、その長所と短所は同じ理由で生まれている場合もある。ビジョンをもった創設者に率いられている組織以上に、活力に満ちていて、人々を引き込むことができ、活気を生み出せる組織形態はない。パーソナル型組織は、そのようなリーダーの下、強い意志とともに独自の戦略を追求することにより、ニッチな居場所を見いだして市場で安泰な地位を確立できる。この種の組織に加わりたがる人が多いのも不思議でない。 起業家は、地に足のついた現実の細部をもとに、スケールの大きな全体像を描く達人である場合がある。松下電器産業(現パナソニック ホールディングス)の創業者である松下幸之助は、「大きなことと小さなことが私の仕事。その中間の問題は、誰かに任せればいい」と語っていた。また、アップルの創業者スティーブ・ジョブズについて、伝記作家のウォルター・アイザックソンはこう記している。「リーダーのなかには、大きな全体像を描くことに長けていて、それを武器にイノベーションを推し進める人もいる。その一方で、細部に精通することにより、イノベーションを推し進める人もいる。ジョブズはこの両方をおこなった。しかも、それを徹底的に実行していた。その結果として、30年間にわたり数々の製品を送り出し、あらゆる産業のあり方を根本から変えてきたのである」 しかし、こうした強みゆえに倒れた組織も非常に多い。最高位者が細部にとらわれすぎて、ものごとの全体像が見えなくなる場合もある。フォード・モーターの創業者ヘンリー・フォードは、「フォードの車を買う人は、どんな色の車も選ぶことができる。それが黒でありさえすれば」という趣旨のことを述べたとされている。その結果、フォードの車は車体のカラーの選択肢が乏しくなり、やがて売上げが低迷することになった。一方、最高位者が壮大なビジョンに魅了されすぎて、ビジョンを前に進めるために欠かせない細部が見えなくなる場合もある。スティーブ・ジョブズは、アップル創業初期にマーケティングを毛嫌いしていた。アイザックソンによる伝記にこんなくだりがある。「ものごとに集中する驚異的な能力をもっていることの裏返しで、ジョブズは、関わり合いになりたくないものごとを徹底的に排除する傾向があった」 加えて、パーソナル型組織はひとりの人間に大きく依存しているため、もしその人物を失うことがあれば、組織全体が崩壊しかねない。ひとりの人間が心臓発作を起こしただけで、その組織は調整のための主要なメカニズムを失う恐れがあるのだ。また、最高位者が職にとどまり続けたとしても、ビジネスへの関心を失えば、やはり組織は崩壊する場合がある。 成功が失敗の原因になるパターンはほかにもある。創業者が市場や財務の対応力を超えたペースで会社の規模を拡大させようとした結果、パーソナル型組織が倒れる場合もある。創業者がそのような行動を取るのは、計算違い(というより、多くの場合はまったく計算しないこと)が原因だったり、ナルシシズムに突き動かされて多くのことに手を広げすぎることが原因だったりする。起業を志すようなタイプの人間は、目覚ましい成功を収めると、自分が無敵になったように感じ、自分が事業に真剣に関わったからではなく、魔法のような才能をもっているおかげで成功したと思い込む危険があるのだ。 堅実なペースで成長を目指すとしても、アジリティ(迅速さ)が失われてリジディティ(硬直性)が生まれることを避けるためには、最高位者が受け入れてもいいと思う以上に組織のあり方を変える必要がある。また、このタイプの組織には、最高位者の継承の問題もついて回る。きわめて個人的なアプローチでマネジメントをおこなってきた人物の役割を引き継げる人物などいるのか。起業家が別の起業家の後を継ぐことは可能なのか。パーソナル型組織は、いずれ別の組織形態に変容するほかなくなる可能性が高い。一方、起業家の継承に関して避けるべきパターンがある。そのパターンについて見てみよう。 6発中5発が実弾のロシアンルーレット 聡明な起業家の多くが息子を後継ぎにしたがることには驚かされる。男の子が自分の才能を受け継いでいると信じているのかもしれない。しかし、そうした起業家たちは、みずからの父親から才能を受け継いだと言えるのか。研究によると、起業家は、母親が強く、父親が弱い家庭の出身である場合が多いという。そのような家庭では、子どもが責任感をもって行動するように育つのだろう。それに対し、起業家の子どもたちは、それとは正反対の環境で育つ。私が子どもだった頃、周囲に起業家の息子が大勢いた。そうした男の子たちはたいてい、父親が築いて成功させたファミリービジネスを継承したが、それらの企業の多くがすでに姿を消している。私に言わせれば、息子を後継ぎにするのは、6発中5発に実弾が込められているロシアンルーレットに挑むくらい危険な賭けなのだ。 その一方で、義理の息子が創業者の後を継いで大成功を収めるケースがある。英国の小売大手マークス&スペンサーやカナダの輸送用機器大手ボンバルディアなどがそうだ。これは、創業者の娘が父親に似た男性と結婚するからなのだろうか。でも、創業者の娘のほうが後継者としてより自然なのではないか(とくに、母親が弱い家庭の場合は、責任感の強い娘が育つかもしれない)。それに、そもそも、娘の結婚相手を後継ぎにするのはもう時代遅れ? だとすれば、女性起業家が増えていることを考えると、再び息子が後継者として有力な存在になるのかもしれない。 パーソナル型組織で働きたいと思う人は多い。親密で堅苦しくない人間関係や、新しい組織を築いていくことの高揚感、最高位者の強烈なカリスマ性に魅力を感じるのだ。しかし、こうした要素に拒絶感をいだく人も少なからずいる。他人の金儲けのために無理やり市場に引っ張られていく子牛になったような気持ちになるのだ。企業などの組織の内部にも民主主義的な規範が浸透するようになり、パーソナル型組織は以前のような輝きを失いつつある。今日、新たに仕事の世界に足を踏み入れつつある若い世代の間では、とりわけそうした傾向が強いかもしれない。多くの若者は、自分が創業者になるならまだしも、少なくともこの種の会社で社員として働くのは気が進まないようだ。若い世代にとって、このタイプの組織は、独裁的とは言わないまでも、親が子どもに接するような姿勢で社員を扱っているように感じられるのだ。 ここで思いいたるのは、昨今、ビジネスとは別のある領域で、パーソナル型組織が増加しているという残念な現実だ。そのパーソナル型組織とは、独裁政府である。クーデターで政権を奪取した勢力が専断的な命令により統治をおこなったり、選挙で当選したポピュリストが権力に執着して統治したりするのだ。 パーソナル型組織は前時代の遺物なのか。ポピュリスト政治家が率いる政府に関しては、確かにそうであってほしい。しかし、それ以外の領域では、そうなってほしくはない。さまざまな思いがけない場所で、数々のスタートアップ組織がわくわくするような活動をしている。多くの若い人たちが新しいものごとを成功させようと奮闘しているのだ。営利企業の世界でも社会的事業体の世界でも、組織の世界が健全性を保てているのは、パーソナル型組織が存在するからだ。その点は、この先も変わらないだろう。今後もこの組織形態を大切にすべきだ。新しい組織をつくったり、危機に陥った既存の組織を立て直したりするために、必要とされるだけではない。多くのシンプルな組織、とりわけ小規模な組織をマネジメントするためにも、この組織形態が不可欠なのだ。
ヘンリー・ミンツバーグ