量子力学はなぜスピリチュアルや自己啓発に都合よく使われる? スピリチュアルウォッチャー・雨宮純に聞く
物体の最小単位である「量子」の振る舞いを研究する学問として、現代物理学の基礎を成している量子力学。我々の住む世界の根本的法則に迫るジャンルであり、極小の世界の現象を説明しつつ、極めてスケールの大きい問いにも関連するという、難解な学問である。 【画像】雨宮純『あなたを陰謀論者にする言葉』(フォレスト出版) この量子力学、スピリチュアルや自己啓発の世界でなぜか人気がある。試しにAmazonで「量子力学」と検索をかけてみると、ちゃんとした学術書や解説書に混じって「願望実現」「習慣術」「幸せな生き方」「お金と引き寄せ」といった、物理学とはあまり関係のなさそうな単語の混じったタイトルが見られる。これらの単語は自己啓発関係の書籍でよく見られるものであり、量子力学が願望の実現などを説明する手段として使われていることがわかる。 しかし、色々なジャンルが存在する現代科学において、なぜ量子力学がここまで自己啓発・スピリチュアル方面で安易にもてはやされることになったのか。本稿では、オカルト・スピリチュアルに関するウォッチャーとして活動し、陰謀論や怪しげなスピリチュアルが成立するまでの歴史的経緯を追った書籍『あなたを陰謀論者にする言葉』の著者でもある雨宮純氏に、量子力学と自己啓発・スピリチュアルの疑似科学的な関係を伺った。 ■量子力学は自己啓発と相性がいい理由 ーー根本的な部分から伺いたいんですが、なぜ量子力学が自己啓発やスピリチュアルのジャンルでもてはやされているのでしょうか? 雨宮純(以下、雨宮):量子力学の話の前に、前提としてオカルト・スピリチュアルと科学の関係について説明する必要があると思います。このふたつは真逆の存在だと思われがちですが、一方でオカルト・スピリチュアル側は科学による後ろ盾を必要とする側面があります。そもそもオカルトというのは、「宗教は信じられないけど、科学の合理主義で解き明かされないものごとにロマンを感じたい」という気持ちに応えるところがありますから、スピリチュアルといっても宗教には否定的だったり、科学的な要素もかなり流用しているんです。 ーー超常的なものと科学とのせめぎ合いというか、よくわからないものに対していかにして科学的こじつけをするか、みたいなところがあるわけですね。 雨宮:宗教って人間を肯定してくれるものとして一番わかりやすくて、神に帰依すれば救われるとか、浄土系仏教であれば阿弥陀如来への信心を持てば極楽浄土に行けるとか、とにかく近代までは「救われたいなら宗教」だったわけです。でも、近代になって宗教を信じるリアリティが持てなくなったときに、何を信じればいいのかということになった。そこで科学的フレームを信じることへの需要が発生したんですね。ただ、科学は再現性が不可欠ですから、科学的手法では個人に対して「あなたは特別です」という結論は出ない。「科学を勉強すれば金が儲かってモテて自分を肯定できる」ということならば、科学を学んだ全員がそうなっていないとおかしいですが、現実的にはそうはならないわけです。そのギャップを埋めるのが、オカルトやスピリチュアルです。オカルトやスピリチュアルはうまい具合に科学的フレームを流用して、信じている人に「自分は特別なんだ」という肯定感を感じさせてくれるんです。 ーーそこに量子力学が入ってくる経緯は、どのようなものだったんでしょうか。 雨宮:前史としては、70年代中期から80年代にかけて流行したニューサイエンスがあります。これは当時流行ったニューアカでももてはやされたジャンルで、60~70年代に出てきたニューエイジ思想をベースにしつつ、現代物理学と東洋思想の類似性を指摘するものです。東洋思想は、非キリスト教的・反科学主義的・反工業合理主義的なものの筆頭として、当時の欧米の知識層に受け取られていました。その中にフリッチョフ・カプラという人がいるんですが、その人の書いた『タオ自然学』という本がすごく売れたんです。 ーーそれはどういう内容の本なんでしょう? 雨宮:ざっくりいうと、「東洋思想と現代物理学には共通するポイントがあって、両者を接続して調和することができる」という本です。そこで物理学の1ジャンルである量子力学も関係してくる考え方が生まれました。さらに直接的に量子力学を引用した代表例として、引き寄せ系自己啓発本の『ザ・シークレット』があります。これは本より先行して2006年に同名のドキュメンタリー映画があるんですが、基本的に「ポジティブな思考によって現実を変える」ことを目指したものです。この本には明確にニューサイエンスからの引用もありますが、同時に「人の思考が現実のあり方に影響を与える」ということの裏付けとして量子力学を使っています。 ーーなるほど、科学と超常的現象や東洋思想が結びつくのではないか、という議論がまずあって、そこに量子力学も加わってきた結果、現在でも自己啓発などで都合よく引用されまくっているということですね。量子力学が自己啓発やスピリチュアルで引用される場合、どのような形を取ることが多いんでしょうか? 雨宮:典型的なパターンとしては、有名な二重スリット実験をかなり安直に解釈したりとかですね。「波動関数によって存在確率が表されている粒子は、観測されることで位置が確定する(=波動関数が収縮する)」というのは当たり前と言えば当たり前なんですが、量子力学系の自己啓発などを信じている人は「観測した瞬間に世界が決まる」と考えています。二重スリット実験も「電子や光子が粒子と波動の両方の振る舞いをする」ということがわかった実験のはずだったんですが、信じている人からすると「観測することで世界が変わった」という解釈になってしまう。そもそも、人間の精神は物理学の対象ではないので自己啓発は関係ないはずなんですが……。 ーーいやまったく、その通りですね……。 雨宮:そこから彼らのいうことがどう展開するかというと、「観測をするのは意識だから、つまり意識によって世界は作られる」という発想になるんです。意識を変えれば世界も変わるというふうに捉えられてしまって、しかもそれが科学で解明されていると言い張るために量子力学を持ち出す。もし意識するだけで世界が変わるなら、宝くじを買えば全部当たりということになりそうなものですけどね。 ーーは~、なるほど、そういう捉え方になるんですか。 雨宮:だから、量子力学は自己啓発と相性がいいんです。意識を変えるだけで、儲かる、自己実現できる、パートナーに愛されるとか、いくらでも願望をのっけることができる。直球で「金が欲しい」「モテたい」と口にできる人はいいんですよ。そこから具体的な行動につながることもあるでしょうから。でも、量子力学系自己啓発の中でも特にスピリチュアル寄りのものにハマっている人は、考え方や意識を変えるのに焦点を当てているから具体的な行動を頑張る意識が薄い。アメリカの自己啓発の大物であるナポレオン・ヒルだって、「自分の目標を静かな部屋で考えて、それを実現するための具体的な計画を立てて、目標に向かってアクションしなさい」と書いている。当たり前といえば当たり前の話なんですが、スピリチュアルな方向に行っちゃうと「考え方を変えたからOK」ということになっちゃう。でも、そういう言説を消費するのが心地よくてニーズがあるから、お金になっちゃうんです。 ■19世紀後半から唱えられ続けている説 ーー量子力学を絡めつつそういった言説を流行らせている人には、どのようなタイプがいるんでしょうか? 雨宮:まず一つには、「量子力学コーチ」という人がいますね。 ーーコーチ! 量子力学をコーチするんですか……? 雨宮:実際にその手のコーチが主張していることといえば「夢を具体的に書き出せ」「声に出して潜在意識に働きかけ、ステップを踏んで頑張れ」とかなんですが。例えば量子力学コーチの肩書きでいくつか著作も発表している有名な方がいるんですが、こういう人って癒し系スピリチュアルどっぷりというよりかは、「言うこと聞いてれば現実的な効率や利益を得られるぞ」という感じなんですよね。基本的な考え方がナポレオン・ヒルのような伝統的自己啓発と同じで、そこに量子力学を入れ込んでいる。公式写真もスーツを着た爽やかな表情の写真で、「インドのグル」というよりはエリートサラリーマン感があります。 ーー確かに、現世的な功徳がありそうな雰囲気ですね。 雨宮:似た感じだと、海外で言うところのモチベーショナルスピーカーに近い雰囲気で活動する方もいます。アムウェイのセミナーとかに出てくるタイプの自己啓発系スピーカーなんですが、この人の本って表紙がけっこう普通のビジネス書っぽいんですよ。まあ、手首に数珠みたいなのをたくさん付けてるし、見るからに胡散臭い感じではあるんですが。量子力学がらみで一番たくさん見るのは、このタイプの人ですね。 ーーは~、本当にいろんな人がいますねえ……。 雨宮:「量子力学アドバイザー」の人もいます。アドバイスって言われてもどうするんだって感じですけれども……。量子力学を使ってどうやって人生を切り開いていくか教えてくれるらしいんですが、この人は自分のブログもピンクっぽい色が多くて、手相・人相を見たりとかでかなりスピっぽい感じですね。ちょっとゆるふわでおまじないチックな感じというか。 ーーすごい。さっきまでのビジネスっぽい感じとはまた全然違う。 雨宮:この「量子力学アドバイザー」というのは、55000円払って3時間授業を受ければ取れる資格らしいんです。つまり、アドバイザーから認定を受けると自分もアドバイザーになれる。クローンを増やすようなものですよね。で、自分も同じようにセミナーを開くと儲かるっていう。情報商材屋と同じ仕組みです。似たようなもので自分が知っているところだと、量子力学と同じように神道も流用しているセラピーもあります。ここはかなり政治色が強くて、むちゃくちゃ保守的です。勾玉などをアイテムとして使っていて、「このアイテムが潜在意識に働きかけて、量子力学的な感じで『現実を創造』して~」とか、別に何にでも量子力学はこじつけられる。やってることは昔ながらの資格商法ですが。 ーー頭痛くなってきますね。 雨宮:カプラみたいに東洋思想と現代物理学の類似を指摘してた人たちから何世代か経て、オマージュにオマージュを重ねた状態になってるんですよね。最初の方の人たちと同じことをやってもウケないから、勾玉と保守の要素をつけました……という感じになってます。強く意識しているわけではないと思いますが、勾玉や保守要素でターゲット層を絞っているともいえます。ナショナリズムとスピリチュアルが合体したものは、日本ではとてもウケがいいですから。そこに気持ちよさを感じる層に刺さるようになっています。ニューサイエンスを提唱していたカプラも、ここまで俗っぽいものになるとは思っていなかったでしょうね。一応真面目に学問として、東洋思想と物理学の類似を指摘してた人ですから。 ーーでしょうねえ。お話を聞いていて、量子力学は現代のスピリチュアル商売の味付けとして都合よく使われていることがわかりました。 雨宮:スピリチュアルと言っていますが、要は「超自然的な力でなんでもうまくいく」という発想・信仰が根っこにあって、そこに「うまく行かせるためには私の言うことを聞いてその通りにすればいい」という指示を被せてくるというのが根本的な仕組みです。量子力学を筆頭にこの仕組みを味付けするための出汁が色々とあって、それをうまく組み合わせればオリジナルのスピ商売ができちゃうんです。定番のフレーバーとしては神道とか宇宙人とか引き寄せとかですよね。他にも占いから引用したりとか。スパイスとして勾玉とかを加えてる。 ーー出汁ですか。 雨宮:ほんと、「鰹節をベースに昆布を加えました」みたいな感じですよ。少し前に「子宮系」というスピリチュアルのムーブメントがありましたが、あれもベースの上にオリジナル要素として子宮を入れて、さらに神道系の味付けを加えた感じですよね。子宮っていうみんながギョッとするオリジナル要素が目を引いて爆発的にヒットした。そういうスパイスがあると、「新しいラーメン屋ができたぞ」くらいの感じでスピリチュアルが好きな人たちが見にくるわけです。 ーーなるほど……量子力学はラーメンで言えば「家系」とか「淡麗系」みたいな定番フレーバーなわけですね。しかし、この感じだと当分量子力学がスピリチュアルや自己啓発と結びついてしまっている状況は変わらなさそうですね。 雨宮:今後も都合よく使われ続けるでしょうね。19世紀後半のニューソートの頃から「思考が現実を変えますよ」という話が唱えられ続けているのは、多分この発想が人間の脳にハマりやすいからだと思うんです。量子力学はこの発想と相性がよすぎるので、廃れることはあまり考えられないです。あとはとにかく「科学」と組み合わさっているのが強いんですよ。「科学的に証明されている」ということの力が、日本では聖書とかよりよっぽど強い。神道と比べるとどうかわからないですが、少なくともその辺の新宗教よりはよっぽど強いですよね。信仰が薄い現代の日本では「これはすごい」と信じさせるには「昔の人がやっていたからすごい」か「科学でやってるからすごい」くらいしか類型がなくて、量子力学って言っておけばそのうち片方を自由に使えるわけだから、やっぱり強いですよ。 ーーそう聞くと、確かにまあしばらくは消えないだろうな……という気がします。 雨宮:物理学者が本来の量子力学を普及させないと、負けちゃいそうなんですよね。そもそも量子力学を騙っている自己啓発やスピリチュアルはまともな学者からすれば馬鹿馬鹿しいはずで、なんで物理学者がそんなことやらなきゃいけないんだって言われたら何も言い返せませんが。とはいえ自己啓発と同じくらい科学の記事が人々の関心を集められているかというとそうではない。科学には「人生を変える」ナラティブが薄く、シンプルに人々に快楽を与えられるわけでもないので、ある種の消費の対象として世間に広まる力という点ではやはり不利だと思います。 ーー量子力学を語ったよくわからない自己啓発やスピリチュアルに騙されないためには、どうしたらいいのでしょうか? 雨宮:正直、ちょっと騙されるのは仕方ないと思うんです。「気の持ちようで世の中変わって見えますよ」という程度なら、気分が変わる程度で別に害もありませんし。でも、それで金が儲かるとかモテるとか、ギトギトした自己実現を推してくるようなら、ちょっと気をつけたほうがいいです。でも、向こうのやり方も巧妙なんで、「ここで金を出しておかないと!」という気持ちにさせられちゃうんですよね。とにかく金か時間を出せって言われたら警戒するに越したことはないですね。 ーー確かに、金を要求されたら警戒しろというのは正しいと思います。 雨宮:あと、ネット上での情報発信を手伝ってしまうというのもよくないですね。向こうの商売に多少なりとも加担したことになってしまうので、なんらかのトラブルに巻き込まれないとも限らない。僕らはウォッチャーとしてこういった人たちの動向をよく見ていますが、認知がバグっちゃってウォッチャーが取り込まれることもやっぱりあるんですよ。なんか突然変なことを言い始めて「それをRTするのか」みたいな内容のポストをRTすることもあります。 ーーウォッチャーという自覚があっても、やられるときはやられるんですね。 雨宮:相手は馬鹿馬鹿しいことを言ってるようにしか見えないから舐めがちなんですけど、そうしてると本当にまずい問題につながったりします。だからあんまり甘くも見られない。基本的には近づかないのが一番です。ウォッチャーとかいって適度に距離を保ちながら楽しめているのは一部の人だけで、あんまり深掘りするのはオススメしません。僕だっていつ狂うかわかりませんが、その辺りには気をつけたいと思います。
しげる