気持がしぼんでも翌朝には「きっと大丈夫」と思わせてくれるマンガ はかなくもたくましい露草のような日常を描いた『ツユクサナツコの一生』(レビュー)
本書で人々が乗り越えようとしているものが、ふたつある。まずはコロナ禍。だが時間が経過し、終息が見えぬうちに戦争のニュースがさかんになり、次は円安だ。 そしてナツコの家の人々にとっては、5年前のできごと。結婚して現在東京にいる姉も、お父さんとナツコも、ようやくあることを決め、盆栽や紅白歌合戦の思い出、今一緒にいたら毎日どうしとったやろ、という話ができるようになっていた。だが。 咲いたって、すぐしぼむ。克服をめざしたところで次の痛みは来る。その繰り返し。でもナツコは春子の力を借りて視点を変えた。次はわたしたちの番だ。 ツユクサ的人生だって、サイクルをどこから始めるかで眺めは変わる。午前を中心に見れば、数時間しかもたないんだね、むなしいね、となる。でもお昼過ぎから世界をみれば、「昼にはしぼむが翌朝また咲くたくましい花」になるではないか。 世の中で、家族のあいだで、乗り越えたと思ったらまたやってくる悲しみや苦しみ。それを「大丈夫になったとて、いつか次が」ととるか「次が来ても、きっと大丈夫」ととるかはわたしたち次第。ナツコなら、春子なら――。 ナツコと周囲の人々の、終りぎわのはじまりや広がりに注目。『ツユクサナツコの一生』というタイトルを、読後誰もが噛みしめるだろう。 [レビュアー]間室道子(代官山 蔦屋書店) (まむろ・みちこ) 協力:新潮社 新潮社 Book Bang編集部 新潮社
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