『2度目のはなればなれ』大ベテランの英国俳優がおくる、戦争の傷跡と夫婦愛
『2度目のはなればなれ』あらすじ
2014年夏。イギリスの老人ホームで寄り添いながら人生最期の日々を過ごす老夫婦バーナードとレネのある行動が世界中の大ニュースとなった。ひとりバーナードはフランスのノルマンディへ旅立つ。彼が行方不明になったという警察のツイート(#The Great Escaper)をきっかけに、世界中で話題になったのだ。ふたりが離れ離れになるのは、人生で2度目。決して離れないと誓った男がどうしてもはなればなれにならなければならなかった理由とは…。必ず戻ってくると信じる妻の真実の想いとは…。
革命的な時代を生きた俳優たちの夫婦役
同じ時代を生きた男優と女優が年を重ねてから再会し、夫婦役を演じることでリアリティが生まれる。そんな粋な設定の英国映画にこれまでも出会ってきた。まず、テレンス・スタンプとヴァネッサ・レッドグレイヴ共演の『アンコール!!』(12)。『コレクター』(65)のエキセントリックな魅力を秘めた男優スタンプと、『裸足のイサドラ』(68)でカンヌ国際映画祭女優賞を受賞した知的な演技派レッドグレイヴが、庶民的な地域の合唱団で歌う姿にほっこりさせられる作品だった。 またトム・コートネイとマギー・スミス共演の『カルテット!人生のオペラハウス』(12)。『長距離ランナーの孤独』(62)の反逆児で知られるコートネイと、『ミス・ブロディの青春』(69)で進歩的な教師を演じてオスカー受賞のスミスが、元オペラ歌手で元夫婦という設定を演じて、こちらもしみじみと味のある作品だ。 そして、『2度目のはなればなれ』(23)で実現したのが、マイケル・ケインとグレンダ・ジャクソンの共演。先にあげた4人の俳優たち同様、このふたりも1960年代という英国の変革期に映画界で注目された大ベテランの俳優たち。ケインはちょっと頼りないサラリーマン風のスパイを演じた『国際諜報局』(65)や、スマートなプレイボーイ役の『アルフィー』(66)で注目され、後者では初のオスカー候補となった。のちに『ハンナとその姉妹』(86)や『サイダーハウス・ルール』(99)でオスカーを受賞。近年は『ダークナイト』トリロジー(05~12)など、クリストファー・ノーラン監督とのコンビ作が有名で、主役も脇役もできる。これまで130本以上の作品に出演している。 ケインは自身が製作総指揮を担当し、ナレーションと出演もはたしたドキュメンタリー『マイ・ジェネレーション ロンドンをぶっとばせ!』(17)の中で、「1960年代はワーキング・クラスの革命の時代だった」と振り返っている。ザ・ビートルズのような前例のないミュージシャンの出現で、階級の壁がくずれ、新しい若者革命が文化的にも実現。音楽や映画だけではなく、アートやファッション、演劇など、あらゆる世界におよんだ。この時代に、ワーキング・クラスの出身だったケインのような俳優が成功できたのも、こうした変化の影響でもあった。 一方、グレンダ・ジャクソンは舞台で実力を見せていた女優で、D・H・ロレンス原作のケン・ラッセル監督の衝撃作『恋する女たち』(69)の、挑発的で自立した女性の役でオスカーを受賞。ロマンティック・コメディ『ウィークエンド・ラブ』(73)の離婚歴のあるかっこいいデザイナー役でも、オスカーを受賞している。その後は政治家となり演技をやめていたこともあるが、80代になって主演したブロードウェイの舞台「Three Tall Women」(18)の演技は話題を呼び、トニー賞も受賞。最近では『帰らない日曜日』(21)で印象的な脇役で出演。 『2度目のはなればなれ』を監督したオリバー・パーカーは「ふたりはお互いに対してリスペクトがあり、ワーキング・クラスの背景を持っているという点でも共感があったようだ」と2024年9月の筆者とのインタビューで語っていたが、ワーキング・クラスの革命の時代を共に生き、新しい時代を築いてきた、という思いがふたりにはあったのだろう。共演は初めてではなく、日本ではビデオだけで公開のジョセフ・ロージー監督の『愛と哀しみのエリザベス』(75)でも夫婦の役。そして、今回の映画で約50年ぶりの共演が実現した。 劇中では長年連れ添そった仲のいい夫婦という設定。ふたりとも、ユーモアを理解する心があり、犬が大好き。今は老人ホームで暮らしているが、ある時、最後の大きな冒険が始まる――。