日米金利差やデジタル赤字だけではない“異常な円安”の「真の原因」
● 日本では金利を上げられない 経済の弱さが金融政策の自由度縛る ただし、別の観点から、円安が進む日本の構造を問題視することができる。それは、金融政策に関して強い制約がかかっているため、金融政策の自由度が低くなっていることだ。 仮にいまの日本で、金利をアメリカ並みの水準に引き上げれば、大混乱が起きるだろう。住宅ローンが高騰したり、ゾンビ企業が借入金を返済できなくなって破綻したりするだろう。また国債を発行して財政資金を調達するのも困難になる。 最も大きなものは、株価への影響だ。株価は将来の利益の割引現在値だから、将来の利益が一定であり、かつリスクプレミアムを無視すれば、株価収益率の逆数(=利益÷株価)は利子率と等しくなる。したがって、利子率が上昇すれば株価は下落する。 では、アメリカで、株価は利上げに対してどのように変化したか?株価をダウ平均値で見ると次の通りだ。 上昇を続けていたダウ平均株価は、2021年末にピークになり、22年までは低下した。しかし、暴落というほどの下落ではなかった。そして、22年10月初めをボトムとして、その後は上昇基調になり、23年10月からは明確に上昇した。 22年9月には、10年債利回りもピークになり、その後はほぼ一定。そして24年になってから再び上昇した。 利子率の変動に応じて株価は変動したのだが、24年以降の株価は22年のピークよりも高くなっている。 このように、アメリカの株価は利上げの影響を受けたが、暴落というような事態にはならず、総じて堅調に推移した。 つまり、アメリカの株価は、金利の大幅な上昇に対して大暴落には至らない耐性を持っていたと考えることができる。つまり、経済が強いために大幅な金利引き上げが可能なのだ。 しかし、いま日本で長期金利を4%にするような金融引き締めを行なえば、株価は大暴落するだろう。だから、そのような利上げを、為替レートを円高にするために行うことは難しい。このような意味で経済の弱さが金融政策の自由度を引き下げているということができる。 ● 政治的に不人気の金融引き締め 日銀の独立性、確保されていない!? 利上げを行なったのは、FRBだけではない。イングランド銀行も利上げを行った。ヨーロッパ中央銀行もそうだ。 この結果、ポンドやユーロは、2022年にはドルに対して減価したが、現在では20年頃の水準に戻っている。円レートが2000年頃より大幅に減価したままであるのとは大きな違いだ。 イングランド銀行は22年に、当時のトラス内閣が財源の裏付けのない減税案を提案してポンドが急落した時、国債の買い支えをごく限定的にしか行なわなかった。このため、トラス内閣は減税案の撤回に追い込まれ、その後、トラス首相が辞任した。このように、内閣を潰してさえ、ポンドの価値を維持しようとしたのだ。 つまり、以上の国々では、インフレ退治や通貨価値維持のために、政治的には人気のない金融引き締めを行うことができた。しかし、日本で同じような引き締めを行おうとしても、経済がそれに耐えられないため、実行できない。 このような違いこそが、構造上の最も大きな違いであり、そして、異常な円安をもたらした真の原因と考えることができる。 (一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)
野口悠紀雄