雪崩の音が響く中、手探り状態で頂上へ―― 写真家・石川直樹が8千メートル峰全14座の完全登頂
――石川さんは登頂した時に47歳。体力的にはいかがでしたか。 石川 特に体力的に落ちたという気はしませんでしたが、前回の挑戦から1年が経ち、さらに高度順応が十分でないまま山に入ることになってしまって、それだけが不安でした。例年なら、事前に6千メートルくらいまで登って身体を慣らしてから行くのですが、今回は時間が足りず、事前の順応ができなかったので、ちょっときつかったですね。 登頂後、ベースキャンプに降りてテントの中で横になると、全身が攣(つ)ってしまい、どうやっても痛い。ふくらはぎが攣ったのを治すと次はももが攣る。そちらを治すと次は足首が攣るという具合で七転八倒しました。多分、水分量やマグネシウムなどの微量栄養素が足りず、肉離れの直前のような状態になっていたんだと思います。高所では食欲がなくなってあまり食べられなくなりますし、雪を溶かして作った水もがぶがぶ飲める感じではないので。 ――今、世界の潮流として「本当の14座登頂」、つまり山の最高点に到達しなければ登頂とは認めないというふうに変化してきましたね。石川さんも一度は登頂したマナスルで、本当の頂上までは行けなかったということで登り直しています。今回のシシャパンマで14座完全登頂を果たしたわけですが、今はどのようなお気持ちでしょうか。 石川 一つの区切りにはなったと思います。14座に登ることはリスクが高くて、ちょっとしたミスで命を落としてしまうこともある。どんなに慣れても、運、不運というのもあります。今後は、知り合いが登るときについていくということはあるかもしれませんが、自分から8千メートル峰を登る、ということはなくなっていくでしょう。 初めてエベレストに登ってから23年もやっていると、ネパールやパキスタン、チベットに知り合いがたくさんできて、これでサクッと終わるという感じではなくなっています。お金もかかるような大きな遠征は一区切りとしても、仲間たちと何か計画して山に登ることはあるでしょうね。今はシェルパたちが力をつけてきて自分たちでどんどん山に登りますし、SNSを駆使して発信もします。たとえば僕が北米の山に行くというと、仕事でなくても一緒に登りたい、というシェルパもいるんです。ぼくと共にシシャパンマに登って、無酸素で14座登頂を果たしたミンマGは、大学を出て英語や中国語、ウルドゥー語(パキスタンの国語)を話し、国際感覚も豊かです。かつては西洋の登山隊にシェルパが同行し、一緒に登頂したにもかかわらず栄光はすべて西洋人が持っていってしまう、みたいな時代は完全に終わったんじゃないですかね。