人手不足の深刻化で賃金が上がっていく中で、日本企業はどう変わっていくのか
この国にはとにかく人が足りない!個人と企業はどう生きるか?人口減少経済は一体どこへ向かうのか? 【写真】いまさら聞けない日本経済「10の大変化」の全貌… なぜ給料は上がり始めたのか、経済低迷の意外な主因、人件費高騰がインフレを引き起こす、人手不足の最先端をゆく地方の実態、医療・介護が最大の産業になる日、労働参加率は主要国で最高水準に、「失われた30年」からの大転換…… 発売即重版が決まった話題書『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』では、豊富なデータと取材から激変する日本経済の「大変化」と「未来」を読み解く――。 (*本記事は坂本貴志『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』から抜粋・再編集したものです)
予想4 人件費の高騰が企業利益を圧迫する
人手不足の深刻化に伴う賃金水準の上昇は、労働者の行動を変化させると同時に、企業の行動にも変化を促す。企業にとってみれば賃金上昇は人件費の上昇を意味することになり、利益を圧迫する要因になる。これからの局面においては、あらゆる企業が労働市場からの賃金上昇の圧力にさらされ、企業はそれを受け入れざるを得なくなるだろう。 近年、企業が得た利潤の多くが内部留保として積み上げられており、企業は従業員への分配を怠っているのではないかと問題視されている。図表3-3は財務省「法人企業統計」から、内部留保(利益剰余金)の額を取ったものであるが、実際に内部留保の額は過去から一貫して増え続けている。内部留保はM&A(企業の合併・買収)のための資金や景気後退が生じたときの予備資金といった性格もあり、その存在自体が否定されるべきものではない。しかしながら、企業の利潤を従業員の賃金として分配すべきだという議論はいまなお根強い。 このような議論についてどのように考えたらよいだろうか。世界の歴史を振り返れば、技術革新によって生じた余剰が労働者に十分に分配されてきたのかというテーマは、いつの時代においても社会全体の重要なテーマであった。そうした観点からすれば、労働者の権利を取り戻すための議論を行うことには、それ自体として意義があると考えることができる。 一方で、そもそも、従業員の報酬水準の最大化は必ずしも企業の目的ではないことも確かだ。資本主義社会において、企業経営者が株主への利益の配分を意識して経営を行うことや、経営者自身の報酬の最大化を意識して経営を行うことを妨げることはできない。こうした考え方に従えば、従業員の報酬はあくまで労働市場の均衡価格で決まるわけであるから、利益が増えているからといって必ずしも従業員への配分が増えるわけではないとも考えることができる。 そして、労働者の賃金が労働市場の需給から定まり、それを差し引いた余剰が企業側の取り分になるといったようなメカニズムで労働者の報酬水準や企業の利潤が決定されるからこそ、これからの人口減少局面においては、労働市場からの圧力が企業利益を縮小させる方向に働くと予想することができるのである。 人口調整局面において、企業は安い労働力を活用して多額の資金の余剰を蓄えてきた。そしてその裏で、政府は企業に代わって度重なる財政出動を余儀なくされ、その結果として巨額の負債を抱えてきた。しかし、労働市場がひっ迫して賃金上昇圧力が強まっていくことになれば、今後の資金循環の構造はこれまでとは異なるものになる可能性がある。人口減少局面では、企業がこれまで蓄えてきた利益を吐き出していく局面が訪れると予想することができるのである。
坂本 貴志(リクルートワークス研究所研究員・アナリスト)