レスリング世界選手権で金メダル1号の太田忍が東京五輪代表内定に無縁階級に出場した理由とは?
東京五輪の出場権がかかる大会は第一次から第三次まである。出場枠は、第一次予選にあたる世界選手権では5位入賞までの国に対して与えられる。日本の場合は、今大会で3位以内になれば、その選手が東京五輪代表に内定する。もし4位や5位、または出場権を得られなかった場合は、国内で再び代表決定選考会が行われる。太田がもう一度、五輪代表争いに加われるか否かは、いったん挑戦した60kg級代表・文田と、増量も対応できるという67kg級の代表・高橋昭五(警視庁)の成績次第という他力本願な状態だった。 正面から人の失敗を願う人間になりたい人はいないだろう。太田にとってもそれは同じで、競技人口が限られるなか、ふだんから練習をともにしている選手が負ければいいなどとはなおさら思えない。「僕にとっていい結果、というのをただ待つことはできない」から、五輪代表選手が内定する瞬間を目の前で見せられるかもしれない世界選手権へ、非五輪階級代表として挑んだ。 太田は初戦から一貫して積極的な攻撃を繰り返し、「首を痛めたので正面からはできない」状態でも、くぐりながらの胴タックルで点数を重ね、すべてテクニカルフォール勝ちで決勝進出を決めた。とくに、準決勝では地元カザフスタンのケビスパエフを相手に、完全アウェーのなかで1分かけずに試合を決め、その鮮やかさに客席は賞賛と喝采に覆われた。 「文田は世界チャンピオン(2017年)だけど、僕はまだ何もとれていない」と、笑いながら世界一への渇望を語ったことがある太田が、念願の世界チャンピオンまであと一歩というところまできた。望みが叶う手前の武者震いだったのか、別の現実への恐れが去らなかったからなのか。決勝進出を決めた直後、翌日の決勝を控えて今大会で優勝することの意味を尋ねられたとき、じわりと赤くなった目元の震えを抑えるような口調で、珍しく言いよどんだ。 「僕が優勝することは、サポートしてくれる皆さんへの恩返し、ていうと変かな。そういう思いもあります。それに、優勝することが東京オリンピックに繋がってくるだろうと僕は信じています」 それから約24時間後、昨年の世界1位マリャニャン(ロシア)との決勝では、「警戒されている」という言葉どおり、寝技からのがぶり返しは徹底して避けられた。だが、それで様子をみて動きを止めてしまうことはせず、返し技で4失点しリードされてもひるまず、「正面は首が動かなくてできない」という、くぐって首を左右に動かすような入り方の胴タックルを効果的に決めて10-4で世界チャンピオンとなった。