「書いてはならない」にどう立ち向かうか? 「書けなさ」について考える【後編】
象について書く
村上春樹は1979年に『風の歌を聴け』でデビューしました。彼は1949年生まれなので、このときちょうど30歳です。この小説は、1978年、29歳になったばかりの語り手の「僕」(つまり作者と同年齢です)が、1970年8月の数日間の出来事を書き記す、という物語です。 『風の歌を聴け』は、架空の作家デレク・ハートフィールドの言葉から始まります。 「完璧な文章などといったものは存在しない。 完璧な絶望が存在 しないようにね。」 僕が大学生のころ偶然に知り合ったある作家は僕に向ってそう言った。僕がその本当の意味を理解できたのはずっと後のことだったが、少くともそれをある種の慰めとしてとることも可能であった。完璧な文章なんて存在しないと。 しかし、それでもやはり何かを書くという段になると、いつも絶望的な気分に襲われることになった。僕に書くことのできる領域はあまりにも限られたものだったからだ。例えば象について何かが書けたとしても、象使いについては何も書けないかもしれない。そういうことだ。(『風の歌を聴け』) 物語の舞台となる1970年の夏、語り手は21歳だった。それから8年間ものあいだ、そのことを「僕」は書かなかった。書けないと思っていたし、実際に書けなかった。「僕はその間じっと口を閉ざし、何も語らなかった。そんな風にして僕は20代最後の年を迎えた」。しかし、ついに転機が訪れます。 今、僕は語ろうと思う。 もちろん問題は何ひとつ解決してはいないし、語り終えた時点でもあるいは事態は全く同じということになるかもしれない。結局のところ、文章を書くことは自己療養の手段ではなく、自己療養へのささやかな試みにしか過ぎないからだ。 しかし、正直に語ることはひどくむずかしい。僕が正直になろうとすればするほど、正確な言葉は闇の奥深くへと沈みこんでいく。 弁解するつもりはない。少くともここに語られていることは現在の僕におけるベストだ。つけ加えることは何もない。それでも僕はこんな風にも考えている。うまくいけばずっと先に、何年か何十年か先に、救済された自分を発見することができるかもしれない、と。そしてその時、象は平原に還り僕はより美しい言葉で世界を語り始めるだろう。(同) 真に感動的なオープニングだと思います。私は今でも、この小説が村上春樹の作品のなかで一番好きです。 「書けなさ」をめぐる話は、ここでひとまず終わります。次回からはいよいよ(? )、「書けなさ」に抗って、「書けなさ」を超えて、書くという具体的な営みと試みについて話していきたいと思います。 まず問い直してみたいのは、文章の上手さとは、いったいなんなのか、ということです。
佐々木 敦