【SMA50th】矢野顕子、奥田民生約6年ぶりの共演。一夜限りの『ラーメン★ライダー』、仲の良さと気概が交差するステージをレポート
■ふたりの天才のハモは、唯一無二。奇跡の調和 9月21日、矢野顕子と奥田民生の対バンライブ『ラーメン★ライダー』が東京・昭和女子大学人見記念講堂で行なわれた。ふたりがライブで共演するのは約6年ぶりとあって、会場には期待に胸を膨らませたオーディエンスが詰めかけ、満員御礼となった。 矢野顕子、奥田民生『ラーメン★ライダー』 2024年9月21日 昭和女子大学人見記念講堂より グランドピアノとアコースティック・ギター3本が置かれた極めてシンプルなステージセット。それぞれの上にはシャンデリアが輝き、落ち着きのある雰囲気が漂う。定刻になると矢野と奥田が登場して、そろって一礼すると大きな拍手が起こった。 奥田がアコギでリズムを刻み始める。それに矢野がピアノで応える。オープニングはキーがEのブルースだ。まずは奥田がアドリブでソロを取り、続いて矢野がソロを取る。セッションの基本中の基本をこのふたりが行なうと、会場が快い緊張感に包まれる。仲の良いミュージシャン同士でありながらも、互いにベストを尽くそうという気概が伝わってくる。 終わると奥田がリズムボックスのスイッチを入れ、軽快なリズムが流れ出す。奥田は弾き語りをするとき、よくこのリズムボックスを使うのだが、矢野とのコラボでも使うとは。曲は矢野がNHK「みんなのうた」に書き下ろした「ふりむけばカエル」(87年)だ。何気ない生活の一コマを描いた歌詞を、奥田が歌い出す。低い声が矢野バージョンとは異なる味を醸し出す。サビから矢野がハモをつける。ふたりの天才のハモは、唯一無二。それぞれが自由に歌っているようでいて、相手にしっかりと寄り添う。奇跡の調和だ。 3曲目は奥田の「さすらい」。奥田のリード・ボーカルを追いかける矢野の奔放な歌いぶりが、「さすらい」という曲のスケールの大きさを改めて示す。そこに今回のコラボの真価を感じ取った会場から、大きな歓声が上がったのだった。 矢野「今日は緊張してる」 奥田「オレも。バンドのときは全然緊張しないのに。女子大だからかな(笑)」 矢野「最初にふたりでやったのは20世紀でしたね。いろんな曲を一緒にやったけど、『ふりむけばカエル』は初めて」 奥田「好きな曲なので、オレがリクエストしました」 ■演奏ばかりでなく、トークも楽しむふたり 演奏ばかりでなく、ふたりはトークも楽しむ。絶対的な信頼感のもと、互いの曲をリスペクトしながらコラボを進めていく。そんな志向が明らかになったのは「海猫」だった。 「海猫」は98年に発表された奥田の楽曲で、あてもないドライブの歌。矢野の音楽心をいたく刺激する部分があるのだろう、中低音を中心としたピアノソロには鬼気迫るものがあり、会場は静まり返って聴き入る。スリリングな演奏になった。 矢野「こういうコンサートって、普通、それぞれソロでやって最後に1、2曲一緒にやったりするものだけど」 奥田「今日は逆。一緒にやって、たまにひとりでやる。なので、わたくしはここで休んでまいります」(奥田がステージを去る) 矢野「ちゃんと帰ってきてくれるかしら…」 矢野がひとりで奥田の「野ばら」をアバンギャルドなタッチでカバーする。「私が他の人の曲をやると原曲がわかりづらいと言われますので、念のために曲名を言っておきます」と次の「すばらしい日々」を紹介。大胆にもサビを3拍子に変えて、♪君は僕を忘れるから そうすればもうすぐに君に会いに行ける♪という一見、矛盾した歌詞を説得力をもって歌唱する。オリジナリティの高い熱演に感激の拍手と歓声が贈られる。そこに奥田が登場して「ヤノアキコ!」と名前をコールしたのだった。 矢野「こんないい曲を書いてくださって、ありがとう」 奥田「何、これ? いい曲ですね。聴いたことあるな」 矢野「(笑)でもこれ、疲れるんですよ」 奥田「皆さん、このあと、オレがひとりでやると思ってるでしょ。違うんです。また一緒にやります」 再びふたりのセッション・タイムになる。矢野の企画アルバム『ふたりぼっちで行こう』(18年)で前川清とデュエットした「あなたとわたし」を、奥田とカバーする。奥田は声に演歌チックなビブラートをかけて会場の笑いを誘う。「オレ、小学生の頃、クール・ファイブが好きで、よく歌ってたんですよ。でもビブラートをかけ過ぎると、リズムがわからなくなる(笑)」。「2CARS」、「フェスティバル」とアッパーな奥田チューンで盛り上がったところで矢野が退場。奥田のソロコーナーになる。 「矢野さんの曲で、めっちゃ好きなのがある。でも、まだ1回もやったことがない。『おとうさん』って曲、知ってます?」と矢野ファンに問いかけ、いきなり♪おとうさんは米屋やのに 朝 パンを食べる~♪と歌い出した。 「あれ、誰も知らないの? 子どもの書いた詩に矢野さんがメロディを付けた曲。初めてやってみました」。得意の脱力コメントに場内がまた笑う。さっきの「海猫」と同様、ふたりは個人的に好きな相手の歌を選んで楽しんでいる。素晴らしくも珍しいコラボだ。「このイベントのタイトルになってるのをやります」と「イージュー★ライダー」に突入したのだった。 ■矢野がスタンドマイクの前に立ち、速いリズムに合わせてシェイカーを振る 矢野がステージに帰ってくると、奥田が「では後半戦です」と宣言。ロック色の濃い「白から黒」ではふたりがダークな世界観を力を合わせて構築する。ひたすら♪前進前進♪とリズムでプッシュするナンセンスソング「股旅(ジョンと)」では矢野がスタンドマイクの前に立ち、速いリズムに合わせてシェイカーを振る。 奥田「こんな曲のために立っていただいて、すみません! でもずっと座ってるのもしんどいよね。リハの休憩のとき、ふたりとも腰を伸ばしてた。立ったり座ったりがいい」 矢野「では立ってる用の曲を」 今度は奥田がスタンドマイクの前に立つ。矢野がピアノでイントロを弾くと会場から拍手が起こる。矢野の名曲「ひとつだけ」だ。奥田がブルース・ハープで間奏を吹き、2番を歌い出すと客席がどよめいた。奥田の声が忌野清志郎そっくりになっていたのだ。声色だけでなく、リズム感も清志郎のそれになっている。単なるモノマネではない。さすが奥田だ。矢野と清志郎の伝説のテイクを知るオーディエンスたちは、この驚きのパフォーマンスに長く熱い拍手を贈ったのだった。 「この曲を普通に歌うのは無理。どうしても(清志郎さんに)なっていく。では“私”に還りまして」と奥田が言って、ギターを激しくかき鳴らす。イントロでなんの曲か気づいた観客は、またしてもどよめいてハンドクラップで奥田のギターを後押しする。なんとアコギで「大迷惑」だ!! ■突っ走る奥田を、矢野がピアノとコーラスで追いかける。オトナゲのないブッチギリのコラボに、会場中が笑顔になる それまで穏やかだった照明も一転、ダイナミックにステージを照らし出す。突っ走る奥田を、矢野がピアノとコーラスで追いかける。オトナゲのないブッチギリのコラボに、会場中が笑顔になる。最高の瞬間だった。 奥田「手が削れてます」 矢野「私も爪が割れました。そろそろシメです」 奥田「みなさん、帰りにそのへんで食べちゃってくださいね」 シメの曲はもちろん「ラーメンたべたい」だ。奥田がアコギでイントロを弾き出すと、矢野が会場にハンドクラップをうながす。奥田がオリジナルの♪男もつらいけど 女もつらいのよ♪の部分を、♪女もつらいけど 男もつらいのよ♪と変えて歌う。矢野が♪女もつらいけど 男もつらいのよ♪と歌うと、奥田は矢野と同じ歌詞でユニゾンで歌う。このコラボの本質を物語るラストソングになった。 アンコールは、歌詞をゲスト歌手の出身地の訛りで歌うという奥田のYouTube企画「ヒロシマアオモリドライブ」で、それぞれ広島弁と津軽弁で歌って会場を沸かせた。 ■音楽シーンの人間国宝とも言うべきふたりの共演 この一夜限りのライブは矢野と奥田の所属事務所SMAの50周年記念として行なわれた。音楽シーンの人間国宝とも言うべきふたりの共演に、オーディエンスはとても満足して帰路についた。会場から三軒茶屋の駅までには、何軒もラーメン屋さんがあるのだった。 TEXT BY 平山雄一 PHOTO BY 三浦憲治 永井峰穂(ライトサム) SMA 50th Anniversary presents 矢野顕子、奥田民生『ラーメン★ライダー』 2024年9月21日 昭和女子大学人見記念講堂 セットリスト 1.オープニング・セッション 2.ふりむけばカエル 3.さすらい 4.海猫 5.野ばら(矢野顕子ソロ) 6.すばらしい日々(矢野顕子ソロ) 7.あなたとわたし 8.2CARS 9.フェスティバル 10.おとうさん(奥田民生ソロ) 11.イージュー★ライダー(奥田民生ソロ) 12.白から黒 13.股旅(ジョンと) 14.ひとつだけ 15.大迷惑 16.ラーメンたべたい アンコール EN.1ヒロシマアオモリドライブ
THE FIRST TIMES編集部